動き出したのは赤毛の精霊使い

『乗せなくてよかったのか??』


「乗せられないのはウォルも知ってるだろ。俺達だけで終わらせるつもりで急ごうぜ」


「そうしたら、いっぱい褒めてくれるかな?」


「山ほどお菓子を貰えるかもな」


「四肢がげても全力で走ってください!」


『流石にげたら走れないからな? 冗談だよな?』


 後方より追いかけてくるはずである赤髪剣士のポンなど知らない二人と一匹。

 道の悪さなんて関係ないとばかりに疾走する碧狼へきろうの姿はまるで風のようであった。


 草原。人の腰ほどにまで生えた緑の草たちを揺らし陰影が波打つ様を想わせる。

 どこまでも広く駆けていく風のようにどこまでも速く過ぎていく風のように。


「止まってくれ」


 三分ほど経った頃だろうか、描き続けたみどりの筋に終わりが作られる。

 蒼がウォルにそう指示したのは仲間の姿が見えたからだった。


 呑気にお散歩をしている様子であれば放っておいても良かったのだが、何やら慌てているような感じであったのだ。

 何か詳しい事情を知っているかもしれないため、話を聞こうという作戦であった。


「あ、蒼か」


「何があったんだ?」


「いんや俺もよく分かってねえんだがよ。とにかくヤバそうなんで逃げてきた」


「はぁ? 逃げてきたって……他の奴らは?」


「ほとんど仕事で出ていっちまってる。残ってたのは適当にサボる理由を欲しがってた怠け者たちだけだ」


「子供たちは置いてきたのか?」


「バカなこと言ってんじゃねえよ。その子供達が原因なんだっての。行くんなら急げよ、離れたくても離れられねえ奴もいるだろ? そいつらを助けたいとか考えるお人好しはおめぇくらいだ」


「ウォル」


『合点承知ぃ!』


 再び筆は動き出す。

 しかしその筆は先よりも速く走る。


 速度を落としていたのか? なんて疑問には。

 テンションという身体に対する制御装置の働きのおかげ、というアンサーを。


 ようやく半分まで来ていた道のり。

 残る半分の道のりをこれまでにかかった時間の半分で走り切るほどには気持ちの変化というものは重要なのである。


 ちなみに、倍の速度に振り落とされないようにと蒼にギュッとしがみ付く小蔭の姿がめっちゃ可愛い。


「二人は離脱の準備っ!」


 あくまでも戦力として前線を張れるのは蒼だけ。

 小蔭とウォルは警戒態勢を維持したまま待機、というのが基本の形であった。


 危なかったら戻ってきて。昔の小蔭ならそう声をかけていただろう。

 しかし、蒼とは自身よりも他人を優先する人間であることを嫌になるほど分からされてきている。


 たとえ自身が犠牲になっても誰かが助かるのなら、喜んでその身を捧げるだろう。


 口ではあーだこーだ文句の一つや二つも三つだって言うかもしれない。

 でも、その行動をすることには躊躇うことは無い。


 何度も重ねるが、蒼とはそういう奴なのだ。


「バンッ! っとドアを蹴り開けながら登場っ」


「修理費はあんた持ちね」


「ちょっとそれは聞いてない」


 元よりそこまで頑丈ではない扉を突破すること自体は蒼でも簡単な事だった。

 緊急事態に礼儀正しくする意味は無いだろうとの判断であったのだが、破壊してまで入る必要はなかっただろうという意見も間違いではなく。


 持ち場を離れられない人間の筆頭である受付嬢からは冷たい視線を向けられてしまう蒼であった。


「じゃなくて、助けに来た……んだけど何かそんな感じじゃねぇな?」


「助けてほしいのは私じゃなくてアッチ。子供たちの方」


 言われてみれば施設の防御機能が正常に作動している以上は、受付嬢の安全は絶対。それこそ周囲一帯を吹き飛ばすほどの火力でも持っていない限りは問題はないのだ。


 それよりも心配するべきは子供達の方であったのだが、受付嬢が指をさす方向へと目をやってもそこには何もない。

 確かに泣いたり叫んだりの声は聞こえてくるものの、敵個体と呼べるような何かがいるわけでもなさそうで。


「騒がしいのは間違いないが……逃げ出すほどのことか?」


「子供に手を出したくない、でも自分は死にたくない。臆病になるのは分かるわ」


「えっと……?」


「マシになっただけ。アインのおかげでね」


「誰?」


 説明するのもメンドクサイとばかりに、シッシッと蒼を追い払うもとい子供達の元へと急がせる受付嬢。

 薄暗い中で余計に表情を濁らせる彼女の様子は暗く、暗く沈んでいく。


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