歪んだ街に終焉を
おびき出すための罠、ってことで
「おいテメェっ↑!!」
「テメェと言ったか? 私に対する言葉にしては随分と口が悪いんじゃないか?」
「うるせぇるせぇ! 俺ぁ敬意は持っても媚びへつらうのは嫌いなんだよなぁ!」
陽がお辞儀をし始めた頃。
余所者と呼ばれる者達が街中で暴れ荒れていた。
舗装された道は砕き割られ、衝撃に砂埃が舞うほどに激しい戦闘。
殺し合いではないが、怒号と言えるほどに声を荒げていることから喧嘩をしているのか。
街中である以上、周囲には建物だけではなく少なからず人がいる。
街の外れで起きているのならばまだしも、それなりに商店が並び時間的にもまだ食事中の者が多くにわしい中での出来事だった。
となれば街の人々は騒動の中心である場所から逃げるように離れていくのが当然の流れのようにも思えるが、実際は違った。
「おい、あの嬢ちゃん強ぇーな!」
「おうおう! 青髪のにーちゃん情けねーぞぉ!」
迷惑をかけるな。なんて正義の色を乗せた声が上がるわけでもなく。
なるほどこの街はお上品なティータイムを楽しむような素敵な場所じゃなかったらしい。
平坦な日常に起伏を与えてくれる余興としか思っていない。
周囲の人間はこの騒動を娯楽として認識しているらしい。
騒げる理由が勝手に転がってきたのなら当然、皆一斉にして殴りそして蹴り合うもの。
それ楽しいと思える価値観はどうやらまだ失われていないようであった。
というより、それがこの街の本質であると考えるのが自然か。
そうなるように強制された歪んだ街であるのは間違いがなく。
そもそも、だからこそ余所者と呼ばれる者達がいるわけで。
「ぎゃぁぁあああ!? 熔けるって、俺の愛剣が熔けちゃうって……」
「ふあーハハッ! 焦ってる姿がコッケーだなぁ!」
「だーれが鶏だコケコッコー!」
「滑稽だ馬鹿!」
ぎゃははと笑うのは観衆。
なんてことはない。
面白いから笑うのではなく、何かが起こってるから楽しいのだ。
それを面白いと感じているのか馬鹿だと手を叩いて喜んでいるのか、少なくとも負の感情を膨らませる者はいない。
「その剣が大切であるのならばさっさと負けを認めるんだな」
「くっそ賭けなんか乗るんじゃなかったぜこん畜生メ!」
「ふはは↓言ってろ負け犬め」
二人が言う賭けとは昼飯代のこと。
勝った方が負けた方の代金も支払うという、単純な勝負。
サイコロの目を使った勝負やじゃんけんという方法ではなく、試合という実力勝負を選択した時点で賭けと呼べるのかは疑問ではあるが……。
言った者がいれば乗った者がいる。始まってしまってはもう後の祭りだ。
「嵌めやがったな」
「承諾したのは貴様だ」
ビリビリとした空気の振動が肌に張り付いていると錯覚するほどに熱い試合。
事実として青髪の青年が押されてしまっているのだが、素人目にはほぼ互角の勝負が繰り広げられているように見えていた。
一秒ごとに燃料を垂らされて続けている今、囃し立てる観衆の興奮も右肩上がりに高まっていく。
ガラス張りの家屋が無い街だったのは幸いと言える。
この騒ぎではつい手を伸ばしてしまうほどに透いたガラスが犠牲になってしまうのが一枚や二枚では済まなかったことだろう。
そうなれば修繕費を請求されてしまっても文句は言えず、昼飯代どころではなくなっていたはずだ。
「勝負アリ、だな」
「ま、仕方ねぇ。後片付けは任せたぜ?」
「任せておけ。とは言っても、まぁ直すのは私じゃないのだが」
どうやら、彼らにとっては修繕費もクソもないないらしい。
好き放題遊んで、後始末は誰かにポイっと投げつけるだけ。大リーガーもビックリの豪速球だ。
「……気色が悪い」
騒ぎの中心となっていた二人が落ち着いたことで次第に野次馬も大人しくなった。
隣に立つ者と興奮を共有することもなく、自身の思いを互いに語り合うことも無く。
嵐の前の静けさよろしく過ぎ去った後の静けさも不気味だ。
1から10の段階ではなく1か10の極端な振れ幅。
個々人の性格では片づけられない程に一致しているこの街の住人のその行動。
「ヒメ様」
ひょろっと背の高い男が一人。
頭を少し下げて話しかけたのは、目上の人間に対してだからなのか。
「……あぁ、頼む」
ヒメ様→お片付けを始めても?
という意味であったらしい。
騒ぎを起こした張本人は勿論なにも動かない。
そんな彼女は今。
さてさて、これから一体どうしようかなぁ、と。
赤い髪を風に揺らしたまま、熱く滾った剣を鞘に納めながら思案するのだった。
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