穢れた世界に終焉を

あいえる

これはどこかに落ちていた記憶


 血の匂い。


 気付いた時はいつも赤黒い匂いが纏わりついている。

 未だに強烈な臭気であると脳が認識してくれるのは、喜ぶべきところであるのか。


 そう思ってしまうほどには何度も繰り返してきたこと。


 最後に立っているのは私一人。

 隣に居てくれていた時もあった気がするが、思い出すだけ無駄。


 今、私が一人であるのは否定しようもない事実であるのだから。


 どれほどそうじゃない結末を願ってきたのか。

 それはもう、数えきれないくらいに。


 自身を憐れむフリをして、結局のところ死にたくはないと恐怖に負けてしまう私のなんと情けない意気地なしなことか。


 逃げ出したいのが願いなのか。

 それとも終わらせてしまいたいのが本当の願いなのか――。


「もし、そこのお嬢さん」


 下種げすの震わせる音が耳障りな暁に。


「一つ、いかがかね?」


 差し出されたソレが何であるのか、男が目当てにしている娘がソレを見る前には既に事が終わっていた。


「……はぁ?」


 つい先ほどまで自由であった下種な男の右腕はもう不自由を掴んでいた。

 つまり、男の右肘の少し先は斬り捨てられてしまったということだ。


「私が相手で助かったな。次は無いぞ」


「ケヒッ。かの有名な卑雌ひめに出くわすとはこりゃあ運が悪かった」


 お互いにお互いが誰であるのかを理解しているからこその会話。


「いんやぁ? この場合は運が良かったとも言えるのかぁ? ケヒッ」


 これは日常であることを証明するかのように。


 当たり前のことが当たり前に起こったのだと主張する陽の光が、ガラスに覆われた背の高い建造物の隙間から差し込んでくる。


「悪さは見つからねぇようにするもんさなぁ」


 怒り、恐れ。どんな感情を持って震わせた声なのか。

 男はただただ言葉を落とし消えていく。


 死んだのではない。ただ、本来の棲む世界に戻っていっただけ。


「裏の世界の住人か、それとも表の世界の住人か……」


 熱に揺らめく景色の先に彼女は何を思うのか。

 炎剣の先を見るその赤く濁った瞳の奥でゆらゆらと。


 狂気に穢れた者の証。

 強く、燃え上がるような正義の誓いを持つ者の証か。


 一歩。そしてまた一歩と。

 彼女の歩みは決して思うように進むことはない。


 それでも一歩、また一歩と進み続けていく。


「この穢れた世界に終焉を」


 彼女は迷い子。この世界の住人ではない余所者。


 この穢れた世界を浄化する異物だ。


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