第7話 秘密の約束

「ど、どう?」


 ロアンはポーションを口にして、いつもより空気が不味くなるのを感じた。

 これはアクアポーションを飲んだ時に起きる正しい作用だ。アクアポーションを飲むと水中で呼吸できるようになるが、同時に地上では息苦しくなる。


 つまり、


「成功だな。さて」


 ロアンは上半身の衣類を脱ぎだした。


 褐色の上半身が晒される。六つに割れた腹筋と、張りのある胸筋、発達した上腕二頭筋。その涼しい顔に反して鍛え抜かれた肉体は年以上の色気を発しており、年頃の女子にとっては直視できないものだった。


「ぎゃあああっ!? ちょ、ちょっといきなり脱がないでよ!」


「? なにを乙女のような反応をしている」


「バリバリ現役乙女ですぅ!」


 クレアは一度目を逸らすが、またゆっくりと、コソコソとロアンの体を見る。

 クレアの目が惹かれたのは体に刻まれた傷跡だ。

 腹筋から腰に掛けて斜めに刻まれた爪痕のような傷。右の肩にある縫い跡。左上腕二頭筋にある二本線の切り傷。


 胸筋よりも、腹筋よりも、クレアはそれらの傷に目がいってしまう。


(うっ……私、古傷に弱いのよね……)


 クレア=シーフィア、性癖・古傷。

 猥本を盗み見る思春期男子のように、自身の体をチラチラと見てくるクレアに対し、ロアンは馬鹿にした笑みを浮かべる。


「……発情期娘が」


「うっさい! 早く行け!」


 クレアはロアンの背中に向かって土塊を投げた。


「では行ってくる」


 ロアンは十分に準備運動をした後、綺麗な姿勢で湖に飛び込んだ。

 ロアンを見送ったクレアは使った器具の片づけを始めようとする。しかし、



「お、やっと1人になったな」



 男の声が草陰より聞こえた。


「誰?」


 クレアが振り向くと、男の騎士と女の錬金術師のペアが立っていた。知らない顔だが、なんとなく雰囲気で貴族だとはわかる。


「俺はバーン。三等貴族だ」

「私はエレナ。同じく三等貴族よ」


「……あなたたち、他の受験者ね。なにか用かしら」


 ロアンが居なくなったタイミングでの出現。

 嫌な予感が頭を過る。

 バーンは言葉を返す前に、クレアの右手を掴んだ。


「ちょっ、なにすんの!」


「お前らがこれ以上調子に乗るのは我慢ならねぇんだよ」


「ヴィンセント様の顔に泥を塗ったアンタらのペアに、絶対合格なんてさせないわ。一生錆級ラストクラスで居なさい!」


 ヴィンセントは学年に3人しかいない一等貴族。

 貴族にとっては象徴的存在だ。その存在を貶めたクレアとロアンは一部の貴族に疎まれている。そのことをクレアもロアンも薄々察してはいた。


「ヴィンセント様の配下ってわけね……!」


 バーンはクレアの後ろに回り、脇を抱え上げる。


「コラ! 気安く触らないでよ!」


「暴れんなチビ助!」


 クレアの足が地面から離れる。エレナは手に紫色の液体が入った水筒を持ち、クレアに近づく。


「な、なにそれ……?」


「マヒゲコの毒を水で溶かした物よ。一口飲めば数時間は動けないわ。あなたと水晶珊瑚を抱えてじゃ、さすがのロアンも時間内に帰還はできない」 


 下卑な笑みを浮かべ、近づいてくるエレナ。

 クレアは頭に血管を浮かばせ、


「……舐めるなよ、ごらぁ!!」


「がふっ!?」


 クレアは踵でバーンの股間を蹴り上げる。

 怯み、クレアの拘束を解くバーン。クレアはその足でエレナに近づき、


「え、ちょっと待――」


 エレナにドロップキックを喰らわせようと飛び上がる。


「きゃっ!?」


 エレナは膝を崩してドロップキックを躱すが、手に持った水筒は地面に落とし、中の液体は地面に吸われてしまった。


「なんて野蛮な女なの!」


「そ、そういやコイツ、ヴィンセント様にドロップキック浴びせてたんだったな……」


「ロアンが居なくたって、アンタらぐらい私がぶっ飛ばすわ!」


「へっ! 所詮は錬金術師だろ。武力で騎士に敵うもんかよ!」


 バーンは腰の剣を抜刀する。

 さすがのクレアも刃物を取り出したバーンに対し、顔を青くさせる。


「じょ、冗談でしょ……?」


「心配するな。おとなしくするなら攻撃はしねぇさ。おとなしくしねぇなら……!」


 バーンは剣を持ってクレアに向かって駆ける。



「やめろお前ら!!」



 バーンの動きを止めたのは、クレアの背後に立つ男の怒号だった。

 バーンとエレナはその男の姿を見て、みるみる顔色を悪くさせた。


「「ヴィンセント様……!?」」


 怒りの形相のヴィンセントが立っていた。


「ヴィンセント様……」


「俺様は卑怯や卑劣が大嫌いなんだよ。2対1で、しかも丸腰相手に剣を使うだと? テメェらに貴族の誇りはねぇのか!!」


 バーンは気圧され、剣を鞘にしまった。


「ほ、ほんのジョークですよ。ジョーク」


「そ、そうです! 本気でそこの平民をどうにかしようなんて思ってません!」


「失せろ。今の俺様は機嫌がわりぃんだ」


 はい! と元気よく返事し、バーンとエレナは立ち去った。


「あ、ありがとうございます。ヴィンセント様」


 なぜヴィンセントが自分を助けたのか、疑問を抱きつつクレアは礼を言う。


「……ところで、エヴァリーはどこに?」


「アイツは勝手に帰ったよ」


「え!? そんな……じゃあ試験は……」


 ヴィンセントは神妙な面持ちで、


「クレア。クレア=シーフィア。明日の明朝、中央塔廊下の女神像の前で待っている。必ず来い」


「ちょっと、待っ――」


 ヴィンセントはクレアの返答を待たず、その場を後にする。


(明日の明朝って……ホント、アホ丸出し)


 明朝とは明日の朝という意味だ。つまり明日の明朝というと二重表現になる。


 それから数秒も経たず、湖で水しぶきが上がった。


「げほっ! げほっ!」


「ロアン!」


 湖を泳ぎ、ロアンは岸に上がる。

 その手には透明の珊瑚、水晶珊瑚がある。

 ロアンは余裕のない表情だ。息も切れている。


「やれやれ……上がる途中でポーションの効果が切れたぞ」


「うっ、ごめんなさい」


「ともあれ、これで後は戻るだけだな」


 ロアンは服を着ている途中で、紫色に変色した地面に気付く。


「おい、俺が潜っている間になにかあったか?」


「うえっ!? えーっと、なんもなかったよ」


「……そうか」


 明らかに嘘だが、追及している時間もないため、ロアンは話を打ち切る。

 それから樹海を出た2人は監督員に水晶珊瑚を渡した。


「うん! 紛れもなく水晶珊瑚だ。試験クリアおめでとう。今日から君たちは鉄級アイアンランクだ」


 白のバッジを貰う。これが鉄級アイアンランクの証だ。


 一方、ヴィンセントとエヴァリーペア、そしてクレアにかまい過ぎたゆえにバーンとエレナペアも不合格となったのだった。




 ――――――――――

【あとがき】

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