第8話 お断りですわ

 朝の中央塔一階廊下、女神像の前にヴィンセントは腕を組んで立っていた。

 ヴィンセントの姿を発見したクレアは気を一層重くする。気のせいか、体まで怠くなってきた気がする。


 それでも自分の気分を表に出さないよう笑顔を作り、ヴィンセントに近づく。


「おはようございますヴィンセント様」


「どこもお早くない! 1時間待ったぞ!」


 精いっぱいの笑顔を作ったのを後悔するクレアであった。


 それなら朝に集合などと曖昧な言い方ではなく、朝の7時に集合とでも言ってほしいものだとクレアは思った。

 ただこんなことはヴィンセントと一緒に居れば日常茶飯事である。慣れたものだ。しかし、いつもと違ってヴィンセントは発言を後悔したかのように目を細めた。


「それで、私に何の用ですか?」


 眠たいクレアは話を急ぐ。


「……お前と離れてから、お前がこれまでどれだけ俺のことを考え、武器を作っていたかわかった。これからはきちんと評価する! だから」


 口ごもるヴィンセント。

 首を傾げるクレア。


 ヴィンセントは照れ臭そうに頭を掻いたあとで、クレアを真っすぐと見据えた。


「また、俺のパートナーになってくれ」


「お断りです」


 クレアは即答した。


「なっ……! 俺様が頭を下げて頼んでいると言うのに!」


「いや、下げてないでしょ頭。なに言ってるんですか」


「くっ……!」


 貴族のヴィンセントが平民のクレアに対して頭を下げるはずがない……と確信を持っていたクレアにとって、ヴィンセントがとった行動は驚愕に値するものだった。


 ヴィンセントは、その重い重い頭を下げたのだ。


「頼む。もう一度俺と組んでくれ」


「うっそ……」


 さすがに、今度は即答できなかった。

 というか、ヴィンセントが頭を下げる姿を見て、呆気にとられてしまった。


「エヴァリーとも相談した。エヴァリーも今、ロアンに同じ話を持ち掛けているはずだ」


 なぬ? 今日エヴァリーと会うなんて一言も言ってなかったぞあのキザ男は。とクレアは唇を尖らせる。ただ同様のことをクレアに対してロアンも思っているだろう。


「お前らが2人とも了承したなら、またやり直せる。先の試験で俺もエヴァリーもわかったんだ、誰が自分のベストパートナーなのか。今度はお前に責任をなすりつけたりしない。真摯に向き合うと約束する! だから……」


「……ヴィンセント様、いま腰に差している剣はエヴァリーが作ったものですよね?」


「? そうだが」


「ちょっと見せてもらえますか?」


 ヴィンセントは顔を上げ、鞘ごと剣を取り、クレアに渡す。

 クレアは数センチ剣を抜き、刀身を見て確信する。


「やっぱり」


 クレアは剣を鞘に納め、剣を返すと共に頭を下げた。


「ごめんなさい。ヴィンセント様とは組めません」


「なっ!? どうしてだ!?」


 ヴィンセントはなぜ断られたか、というより、なぜ剣を見たあとで断られたのか知りたかった。


「ヴィンセント様、気づいていましたか? 決闘の時の剣と今の剣の違いが」


「なにも違いなんてないだろ。素材もなにも……」


「……決闘の時より、ヴィンセント様の剣は遥かに練度を増しています。エヴァリーはあなたのために血も滲むような努力をしたのでしょう。剣を見ればわかります。あなたはそのエヴァリーの努力に欠片でも気づいて、ねぎらいましたか?」


 ヴィンセントの頬に汗が伝う。

 言葉を聞かずともNOだとわかった。


「今のあなたと再びパートナーになったとして、同じことを繰り返すだけです」


「そんなこと、は……」


 剣が前よりも上等になっていたなんて一切気づかなったゆえに、『ない』。とは言い切れなかった。


「いいですかヴィンセント様! あなたはとにかく他人の努力に疎すぎます!」


「うっ」


「錬金術に限った話ではありません。あなたに合わせてなんとか服を着飾ってみたり、髪を切っても爪を整えても一切なにも言ってくださらない。まぁ……その辺はアイツも一緒かな」


「このっ……! 人が下手に出りゃ説教ばっかりしやがって! 俺のことは教師だって説教できないんだぞ!! ぬわっ!?」


 クレアはヴィンセントのネクタイを引っ張り、自分のおでこにヴィンセントの顔を寄せる。


「そうです! だから私が説教することにしました! あなたがこんなアホになったのは、あなたが悪さをしてもずっと放っておいた私にも責任があります!」


「あ、アホだと!?」


「誰も彼もがあなたに怯え、あなたを怒れずとも、私だけはあなたを叱り続けます!」


 クレアの真っすぐな翡翠の瞳に、ヴィンセントは吸い込まれそうになる。

 ヴィンセントはこれ以上クレアにペースを握られないよう、クレアの手を振りほどき、襟を正す。


「ちっ! わかったよ! まずはエヴァリーと一緒にテメェらの手の届かないランクまで行ってやる! テメェから組んでくださいって言いたくなるような騎士になってやるよ!」


 クレアはまるで母親のような穏やかな笑みを浮かべる。


「ええ。そうなってください。あなたの唯一褒められるところは馬鹿正直なところです。それが良い方向に向けばきっと……私が嫉妬するような騎士になれます」


 クレアの顔は火照っていて、いつもと違い色気のある表情をしていた。だからか、


「……」


 ヴィンセントは生まれて初めて――胸が大きく高鳴るのを感じた。だが、すぐさま胸の高鳴りは止む。


――バタン。


 と、何の脈絡もなく、クレアが倒れたのだ。


「え……クレア?」


 クレアの顔の赤みは増していき、息は荒くなっていく。


「クレア!!」


 ヴィンセントはクレアを仰向けにして、おでこに手を当てる。


(熱い……クソ!)


 ヴィンセントはクレアの膝下に左腕を、背中に右腕を回し持ち上げる所謂お姫様抱っこをして、保健室へ駆け込んだ。




 ――――――――――

【あとがき】

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