第6話 鉄級昇級試験
樹海の入り口に集められた5ペア10人の生徒。
クレアとロアンはもちろん、ヴィンセントとエヴァリーも居る。
「試験時間は3時間。水晶珊瑚はこの先にある〈ディーネ湖〉で採れるからね」
眼鏡をかけた男性の監督員が仕切る。
「それでは試験開始!」
試験が始まり、ペアはそれぞれ樹海に散っていった。
「まずはアクアポーションの素材集めね」
「真水とクスリ
「クスリ草とアオダケはそこら辺に生えてるわね」
基本、採取は騎士の役目。錬金術師が鑑定し、騎士が採る、という流れが一般的だ。
ロアンがクスリ草とアオダケを掴み取り、クレアに渡す。クレアは背負ったリュックに素材を入れていく。
それから川に行って、ロアンが淡水魚である鮎を手づかみで捕まえた。
川の水はクレアが水筒で採取する。
「よし! これで素材は全部ね」
「ポーションを作る前に湖へ行こう。ここは木々に囲まれていて視界が悪すぎる」
クレアたちはまだポーション作りはせず、先に〈ディーネ湖〉を目指す。
「……待った。止まれ」
「え?」
「静かに」
ロアンは2人の男女の言い争う声を聞いて、足を止めた。
「ヴィンセント様! あまり先へ先へ行かないでください! わたくしの体力がもちません!」
ぜーはー、と息を切らしながらエヴァリーがヴィンセントに抗議していた。
クレアとロアンは無言で顔を合わせ、茂みに身を隠す。
「はぁ? そんな速く走ってないだろ。クレアはいつもこれぐらいのスピード追い付いてきていた!」
「ロアンは、わたくしの動きに合わせてくれていました……」
ヴィンセントとエヴァリーの間に険悪な空気が流れる。
「そんなにあの平民が良いなら、また組み直せばいいだろうが!」
「そんなことは言ってません! わたくしは……」
ロアンがクレアの腕を引っ張り、その場を離れる。
「大丈夫かな……あの2人」
「関わる必要はない。俺たちは俺たちで成すべきことを成すだけだ」
「でも……」
ロアンは冷たい態度をとりつつも、目線は2人が言い争っていた場所に向いている。内心では心配なのだ。
しかし、今は他人を心配する余裕もない。
「集中しろ。あれは奴らが起こした問題で、奴らが解決すべき問題だ」
「……わかった」
ロアンに咎められ、クレアは表情を引き締める。
2人は気を取り直して樹海を進み、
「着いたぞ」
「ええ」
〈ディーネ湖〉。
泳いでいる魚が丸見えになるほど透明度の高い水が満ちており、太陽の光が水面で折り返すことなく水中深くまで透き通る。神秘的で美しい湖だが、2人に湖の景観を楽しむ暇はない。
クレアは携帯錬金窯(厚底鍋ぐらいの大きさ)を地面に置く。錬金窯は地脈からマナを吸い取り、底から
(ついに、この時が来た……)
クレアは首の下に汗をかく。
この三日間で完璧なアクアポーションを作れたことは何回かあった。しかし成功率は10分の1程度。
練習の時と違い、材料に限りがある。何度も挑戦することはできない。
緊張が背筋を走る。
(失敗はできない。もし致命的な副作用を出してしまったら、この試験時間内に挽回するのは無理だもんね……失敗は絶対に――)
「……」
焦るクレアに対し、ロアンがとった行動は慰めの言葉をかけることでも、見守ることでもなかった。
ロアンは、ただ無言で、クレアと背中合わせにして座った。
「……ロアン」
背中から感じるロアンの体温が、凍り付いた体を溶かしていく。
『背中は守る』、『背中は預ける』というロアンの意思が流れ込んでいる。口下手な彼ができる、精いっぱいの援護だった。
いつも通りのキザな行動ね、とクレアは小さく笑うが、ロアンの頬が僅かに赤くなっていることに背中合わせで座っている彼女は気づかない。
クレアは落ち着いて、丁寧に手で材料の重さを測り、包丁でサイズを調整して、クスリ草・背びれ・アオダケを錬金窯に入れる。最後に真水を入れて、蓋を閉め、マナドラフトに手を合わせる。
筒からシャボン玉を纏って青色の液体が落ちてくる。クレアは手に持った水筒でシャボン玉に触れ、シャボン玉から弾け出た青い液体……アクアポーションを水筒に入れる。
「……できた。できたよロアン! 手ごたえ完璧!」
まだ試験を合格したわけでもないのにはしゃぐクレアを見て、ロアンは「やれやれ……」と肩を竦める。
「後は俺の仕事だな」
水筒に手を伸ばすロアン、だがクレアはロアンの手を避けた。
「待ってロアン、まず私が試す」
「なぜだ?」
「もし失敗作だったらどうするの? ロアンが副作用でダウンしたら最悪だし、まず私が」
話の途中でロアンが水筒を奪い取った。
「あっ、コラ! ――むぎゅっ!?」
水筒を取り返そうと両手を伸ばすクレアの顔を、ロアンは右手で押さえつける。
「この三日間、お前の努力は俺が一番よく見てきた。……疑う必要はない」
そう言って、ロアンは一息でアクアポーションを飲み干した。
――――――――――
【あとがき】
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