第5話 舐めるな!

 ペアを変えると錆級ラストランクからやり直しとなる。

 となれば、当然もう1つのあるペアも錆級ラストランクからやり直すことになったわけで。

 となれば、当然鉄級アイアンランクの昇級試験にも来ているわけで……、


「よう! 来たな平民コンビ!」


 中央塔の二階にある試験監督室。

 試験申し込みの期限迫る中旬の終わり頃のため、生徒の数も監督員の数も多く、あっちこっちで試験の話が飛び交っている。

 彼らもまた申し込みに来たところなのだろう。


「あなた方も試験の申し込みですか。まったく、今のランクが分相応だと言うのに」


 赤い髪の騎士と金色の髪の錬金術師は先日負けたことをもう忘れているのか、クレアたちを見下した表情をしている。


さび臭いお前らは錆級ラストランクがお似合いなんだよ」


 喧嘩腰の貴族コンビ。

 一方平民コンビはほぼ同時にため息をついた。


「またお前らか」


「もういい加減切り替えたらどうです? いつまでも私たちに執着しないでください」


 やれやれ、と2人は声を重ねる。


「なっ……! 誰がお前らなんぞに!!」


「執着なんて、思い上がりもはなはだしいですわ!」


 平民コンビは憤る貴族コンビを躱して、監督員の女性に申し込みの書類を手渡す。


「これお願いします」


「あ、無視すんなコラ!」


 わーぎゃーとヴィンセントがなにか言っているが、クレアは構わず監督員の言葉に耳を貸す。


「お預かりします」


 監督員は書類に目を通した後、棚からペア名簿を取り出し、ロアンとクレアのペアについての情報が載ったページを見る。


「ロアン&クレアペア、現在のランクは錆級ラストランク。今日は鉄級アイアンランク昇級試験の申し込みですね。鉄級アイアンランク昇級試験は9月28日におこなわれます。

 試験内容は“水晶珊瑚すいしょうさんご”の採取となります」


「え!?」


 水晶珊瑚の名を聞き、クレアは冷や汗を額に浮かばせた。


「試験会場は学園の敷地内にある〈エンティス樹海〉になります。持ち込み可なのは服と、騎士は武器1つ、錬金術師は携帯錬金窯と採取道具として水筒・ナイフ・リュックまでは許可します」


「他に必要な物は現地調達でまかなえということですよね?」


 ロアンが問う。


「その通りです。詳細はこちらの書類に」


 ロアンは試験の内容が書かれた書類を受け取る。


「水晶珊瑚は湖や海の底にしか生息しない珊瑚だが、別段珍しい素材ではない。飲めば水中でも呼吸ができるようになるポーション、アクアポーションさえ作れれば余裕で……おい、どうしたクレア。そんな青い顔をして」


「あっはは……アクアポーション、ねぇ。鉄級アイアンランクへの昇級試験にしては中々難易度の高いことですこと」


「おい、アクアポーションは初級中の初級の錬金物だぞ。まさかお前」


「……前に作ったアクアポーションは、飲んだ人の呼吸を止めてましたね、ハイ」


 人には得意不得意というものがあるが、ここまで極端な奴はそういないとロアンは思った。

 今のクレアは、いわばミルフィーユを作れるのにオムライスは作れないと言っているようなものだ。


「……これまでどうやって昇級試験を突破してきたんだ」


「運よく試験内容が猛獣の狩りだったり、決闘試合だったり、武具を作れれば何とかなるものばっかりだったのよね~」


「なるほどな。試験まではあと9日ある。それまでに何とかしろ」


「はーい……」


 自信なさげに返事するクレアであった。



 --- 



「それで、私を実験体にしようってわけ?」


 クレアがアトリエに招待したのは同じ錬金術師のエマだ。


「お願い! 他に頼める人いなくて! それにエマはポーション作り得意でしょ? いろいろ教えてほしいし」


「まぁいいけどさ、私のペアは今月試験受ける気ないし」


 昇級試験は毎月必ず受けなくてはならないわけではない。むしろ普通は三か月に一度ぐらいのペースで受けるものだ。


 猛獣を相手にしたり、自然を相手にしたりと試験には過酷なものが多く、挑むのにはそれなりのリスクがある。さらに試験の対策やら準備やらで錬金術の勉強や戦闘訓練が停滞してしまう。ゆえに毎度受けるわけにもいかないのだ。


「でもアクアポーションとか、正直教えることないんだけどね……教科書通り作れとしか言いようがない」


「教科書通り作ったら息が止まる薬ができたんだけど」


「……逆にすごくない? それ。って、ちょっと待った。私に今からそんな危険なモノ飲ませる気?」


「大丈夫! 息が止まると言っても20秒ぐらいだったから!」


「それが1分や2分に延長しないとも言い切れないでしょうが。まったく、嫌な役引き受けちゃったな……」


 こうしてクレアとエマの特訓が始まった。


 1日目、エマがポーションを飲むとエマは「ゲコゲコ」とカエル語しか喋られなくなった。

 2日目、エマがポーションを飲むとなぜか汗が止まらなくなり、脱水症状になりかけた。

 3日目、エマがポーションを飲むと一日中残尿感を膀胱に感じた。

 4日目、エマがポーションを飲むと1時間鼻呼吸ができなくなった。


 5日目――


「もう限界、さようなら」


「待ってよエマぁ~~~~!!!」


 エマはクレアのアトリエを去ったのだった。



 6日目。

 休日ゆえ授業のないため、クレアは早朝からアトリエにこもった。

 朝から昼まで、多くのアクアポーションもどきを作るが、どれも飲まずとも失敗作だとわかる酷い出来だ。

 自分の不器用さに絶望しかけた時、


「時間切れだな」


 アトリエの入り口から、クレアの様子を見ていたロアンが冷たく告げた。


「ロアン……いつから」


「5日前から時々覗きに来ていた。これだけやって駄目ならもう仕方がない、アクアポーションは俺が作る」


「っ!」


 泣きそうな顔をするクレア。

 ロアンは錬金術師の適正も併せ持つ騎士、アクアポーションぐらいなら余裕で作れる。ただし、その手を使ってしまえば……錬金術師としてのクレアのプライドは酷く傷つく。そこまでロアンの気は回らなかった。


 ロアンは予想外のクレアの表情を見て、すぐさま慰めの言葉を絞り出す。


「……き、気にするな。お前は十分努力にした。人には得手不得手というものが――」


星級ステラランク目指すんでしょ」


 クレアはロアンを睨みつけるように見る。


星級ステラランクを目指すには騎士も錬金術師も高い能力が求められる。例え最高の剣を作れても、アクアポーションも作れない錬金術師じゃ星級ステラランクにはなれないっ! あなただってわかってるでしょ!」


「それは……」


 その通りだとロアンも思っている。


「だったら甘やかすな!」


「っ!?」


 さっきまでの陰気さはどこへやら。クレアはロアンを指さし、声高に言う。


「私がアクアポーションを作れるようになるまで、鞭打ってでも頑張らせなさい! 星級ステラランクを舐めるな!!」


 ロアンは呆けた。


 まさか慰めに走って、逆に叱られるとは思わなかった。

 そうか……コイツは本当に、本気で星級ステラランクを目指してるのだと、ロアンは微笑む。


「やれやれ……」


 ロアンは腕まくりをして、クレアの横に立つ。


「俺はスパルタだぞ。休む暇はないと思え。――じゃじゃ馬」


 そう言って、悪い笑みを浮かべるロアン。

 クレアは至近距離で初めて見る、その小麦色の横顔に不意に胸が高鳴ったのを感じた。

 すぐさま視線をロアンから外し、錬金術に集中する。


「……いいか、武器を作る時みたいに分量を測らずに入れるのはやめろ。1つ1つ計測器に乗せて、0.1g単位までこだわって入れるんだ」


「で、でも試験に計測器は持ち込み禁止だから、試験の時は使えないわよ?」


「まずは正しい分量を手で覚えろ。錬金術師は素手を計測器にできて初歩だ」


「はいはい、どうせ私はまだ一歩目も踏み出せてませんよ~」


「いじけてる場合か。ほら、早く俺の言う通り動け。時間はないぞ」


 それから昼夜問わず、2人は特訓を続けた。

 2人が自然と昼食を共にるようになった頃、試験の日はやってきた。




 ――――――――――

【あとがき】

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