最終話『エステラとビックリな恋』
第27話
私が無言で泣き始めたことに気づいたのか、ディセルが纏う空気が少しだけ軟化した。
「ごめんなさい・・・責任もって、貴方の呪いを解く方法を見つけるから・・・頑張って探すから・・・!」
私が泣くべきじゃないのは分かってる。ディセルの方がショックを受けているに決まってる。それでも・・・軽率に人を呪った最低女である私は、自分がさも被害者であるかのように泣き続けた。
――最低・・・本当の本当に嫌いだったのは・・・私だ。
「・・・ちゃんとこの呪いを解くために尽力してくれる?」
「はい・・・!」
「・・・ならこれから僕の傍で魔法の補助してくれる?ヒック!ちゃんなら出来るよね?才能あるみたいだし」
「はい」
「ずっと?一生?僕が死ぬまで?」
「え?」「返事は?」「はい・・・」
徐々に会話の方向が怪しい方へと傾き、背中を別種類の汗がつたう。私今・・・何かとんでもない約束をさせられてない!?
「ヒック。止まんなくなっちゃったんだけど。ヒックちゃん・・・もうただのエステラか。エステラは僕のこと嫌いになった・・・?」
――元から嫌いよりだったけど、この場で言うのは流石に違うよね!
「と、とんでもないです!」
「なら好き?」
「あ・・・」
かあ。と耳まで赤く染まり、今更ディセルとくっついていることを意識しだす。抱いてはいけない感情のはずなのに・・・私はつい零してしまった。
「・・・・・・です」
か細い声でも、ここまで密着していたら聞こえているに決まってるのに――ディセルは無情にも『聞こえないからもう一度』と言い放った。
「ヒック・・・あーくそ。かっこわる・・・ヒックちゃんがしてるとこ見るのは大好きだったのにック。いざ自分がするとマジで・・・」
「す、好き・・・!私エステラ・ヒカップは・・・ディセルのことが好きです。ク、クラスメイトとして!」
「・・・は?」
――ひいいいいい怖いいいいいいい!
どす黒いオーラに怯むも、混乱した頭では碌に言葉を着飾れなかった。
「貴方のことは少し前まで大嫌いだったということもあって・・・今はそこまででもないんですけど、好きかと言われると・・・まだ『同士』とか『ライバル』とかの方がしっくっ!?」
だらだらと心内を暴露する私に嫌気が差したのか、再びディセルのキスで発言を中断させられてしまった。手で塞ぐか言えばいい話じゃない!
「ふぁ・・・はぁ・・・は・・・」
「・・・僕とのキスは嫌?」
――嫌?と聞かれると・・・。
唇をきゅっと噛んで無言で首を振ると、ディセルは私の首に顔を埋めて大きな溜息を吐いた。
「はぁ・・・ック。大人しく流されとけって言いたいとこだけど・・・今日はこれで勘弁してやるよ」
拘束が緩んだ瞬間、私は転がるようにディセルから逃れ、乱れた髪を手櫛で整えた。
――はぁ・・・もう意味が分からない・・・!もう・・・もう!どうなって・・・!?
驚いて、緊張して、困惑して、絶望して、罪悪感が襲って・・・一つじゃないディセルへの想いが募ってばかりで、私の頭は訳が分からない状態となっていた。
「・・・僕を呪った件については、もう何も考えなくていいから」
「っえ・・・!」
「だってまだ全然好きだし。ってか余計燃えてきた」
――何が!?
昼休憩終了のチャイムが鳴ってもディセルは構わず会話を続行する。私は私で彼の強い瞳に射貫かれてしまい、石像のように動けなかった。
「ついいじめちゃいすぎるくらいにはエステラのことが好きだし、他のどんな女性よりも可愛いって思ってる」
「・・・」
――嘘・・・!?は・・・え・・・!?嘘!?
「今は僕と同じ『好き』まで無理して追い付こうとか考えなくていいから・・・これからはエステラに恋してもらうよう努力する」
「ヒュッ」
何か言わなければ、と頭で考えているのに、喉の奥から出たのは呼吸音だけだった。すぐに俯いて呼吸を整える。もうディセルの顔なんてまともに見れやしなかった。
「・・・はい。私も色々・・・頑張ります」
「・・・言ったな?」
ポールロケーション・シェアリング。とディセルが唱え、一瞬私の手首に紋様が浮かんで消えた。
――待って・・・!?今この人何て唱えた!?というかしゃっくりは!?一時的に止まってる!?ちょっと『ヒカップ家の呪い』!仕事しなさいよ!
『
――普通の『ロケーション・シェアリング』は。だけど。
「僕好きな子には特別扱いしたいからさ・・・逃げ癖があって賢いエステラちゃんに普通の詠唱魔法は似合わないでしょ」
歯を見せて嗤うディセルを見て背筋が凍る。聞き間違いでなければ、ディセルは間違いなく高位詠唱魔法――『
「・・・・・・」
何があっても絶対に逃がさない。そう言われた気がして――ヒクッ。と喉が鳴った。恐る恐る顔を上げると、ディセルの瞳孔は完全に開き、爛々と青く輝いている。そのままゆっくりと近づき、私の手を取って資料室から出た。
「ね。今日一緒に帰ろ?」
「え゛」
「ん?」
「・・・ハイ」
握られている手に力がこもり、増幅した覇気に恐れをなして了承する。ディセルはそのまま私の部署まで同行し、在籍している鑑識部隊の方々の前で――
「この子が遅れちゃってすみません。僕が一秒でも長く
「「・・・は?」」
――はた迷惑な言い訳を投下した。
「ええ!?」「あ、君らそーいう関係だったの?」「ひゅー青春!」「いや仕事しろ!ついでに爆発しろ!」
――は・・・あぁ!?え・・・!
怒りで何も言えず、ただ震えて睨みつける私を・・・ディセルは見下ろして一言。
「怒ってる顔も可愛い・・・。ずっっとこうしたいと思ってた。今度指輪買いに行くか」
流れるような動作で私の手の甲にキスをして、颯爽と去っていくディセルの背を――私と鑑識部隊のメンバーは呆けた表情で見つめた。
「う・・・うあああああああぁぁぁぁ・・・」
「エステラちゃん!?ちょっしっかり!」
――やっぱり私、好きになった相手を間違えたのかもしれない。
先輩に支えられ、私は自分のデスクで修羅のように仕事を始めた。もうマスクは必要ないけれど、ぐちゃぐちゃになった顔を誰にも見られたくなくてつけた。
怒涛の展開で私から『ヒカップ家の呪い』は消えた。それでも、私の人生はまだまだ続く・・・望んでいた展開とは全然違ったけど。
「はぁ・・・」
――紡ぎ手さん!今度は彼を止める対処法を教えてーー!
半泣きのまま溜息だけを零し、私は心の中で絶叫した。
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