第二十四話『ディセルは私にとって』
第25話
私は『普通』の生き方が出来ない。パパとママは私の好きに生きていいと言ってくれた。それでも・・・多数派の生き様を羨む少数派としてしか生きられないという事実が心を抉る。
狭くなった声帯が会話と詠唱の邪魔をし、生きるのが辛いと感じた日は何百回もあった。叔母さんが100回しゃっくりをして死んだ翌日。魔が差した私は進んでしゃっくりを出そうと試みた。しかしいくら頑張っても・・・寝るまでに100回しゃっくりするのは無理だった。いつもギリギリのところでしゃっくりが一時的に止まり、日付が変わる。ならいっそ一睡もせずにしゃっくりをし続けてみようと意気込んでも、そういう時に限って出なかった。
いつだったか忘れた数年前、実家の近所にある公園で泣いていた時――知らない男の子が話しかけてきた。私はその時、無情な現実に心が打ち砕かれていて・・・ただしゃっくりの数を数えながら泣いていた。男の子の顔は視界が滲んでよく見えていなかった。それでも幼いながらも凛とした声ははっきりと耳に届いた。
『――死にたいなら魔獣の群れの中に飛び込むとか、自分に落下魔法をかければいいのに』
盲点だった。私はしゃっくりを100回することばかり考えていて・・・目から涙と鱗が落ちた気分だった。
『自分の指を額に当て、攻撃魔法を唱えるのでもいい。わざわざ呪いで死ぬ必要なんてないんじゃない?それとも呪いでしか死ねないとか?』
そんなことはなかった。ヒカップ家の文献によると、病気や魔法による事故で亡くくなったご先祖様も何人か存在する。第三者からの客観的な意見に視界が点滅し、額が熱を帯びそうだった。
『呪いで死なせてくれないってことは・・・君にかけられている呪いも、君に死んでほしくないって思ってるんじゃない?』
――そっか。私・・・本当は。
『僕だったら自分で呪いを解く方法を見つけて、両親とご先祖様をぎゃふんと言わせるね!そうすれば・・・自分は生きててよかったって思えるじゃん』
顔も名前も知らない彼とは、この会話きりで会うことはなかった。それでも――正直本当にこんな会話をしたのかうろ覚えだけど(美化されている可能性もある)私はこの冷静で前向きな言葉に救われたんだ。
だから私はここにいる。メタトロン魔法帝国学園に入学し、挫けそうになりながらも紡ぎ手さんと出会い、魔法特務機関のインターンに参加している。
生きるので忙しいんだ。だから恋なんてしてる場合じゃない。今は絶対に、人生で一番大事な時期。ディセルに呪いをうつして、自分自身を認めるために。
――だからディセルにドキドキしてるのも、彼の顔が良いからであって・・・両手壁ドンっていうシチュエーションにときめいてるだけ!大丈夫大丈夫・・・。
「そんな可愛い顔で見ても無駄。さっきの人誰。何で泣かされてたの」
「ヒクッ!」
――可愛くない私は可愛くない・・・近い!
私は顔を背け、か細い声で両親の知り合いと説明した。『ヒカップ家の呪い』と酷似した呪いについて研究している人だとも。そして呪いの話でつい感情的になってしまい、思わず泣いてしまったと付け加える。9割嘘だけどこれで通すしかない。
「へーぇ。ヒックちゃんはそいつのこと好きなの?」
「へ!?」
慌ててブンブンと首を横に振る。紡ぎ手さんは確かにイケメンだけど・・・最早私にとって神に等しい存在だった。そんな感情を抱くことすらおこがましい。
「だ、だからあの方は私にとってヒーローみたいなもので・・・決して不審者でも変態でもないんです」
私の本気度が伝わったのか、鋭い目線がほんの少しだけ和らいだ。それもほんの一瞬で、またすぐに睨まれたけど。そしてさっきから顔が近い。
「・・・僕だってヒーローだろ」
「は?」
低い声で囁かれた言葉にぽかんと口を開ける。どうやって腕の檻から逃れようか考えていた私は、ディセルの苦しそうな表情に息を呑んだ。
「僕の気も知らないでつんけんしてさぁ。敬語だって戻ってるし・・・カッコ悪い僕なんて眼中にないってか」
「ヒック」
――?意味が分からない・・・これ謝った方がいいの?
『ボーン・・・ボーン・・・』
ここで昼休憩終了5分前のチャイムが鳴った。結局昼ご飯を食べ損ねてしまった・・・仕事中にクッキーでもつまむしかない。
「ヒック・・・ごめんなさい。とにかく、中庭の件はディセルの誤解だから」
両手でディセルの胸を押し、資料室の扉に手をかける。すると背後から肩を叩かれた。
「・・・エステラ」
「え――んむっ!?」
反射的に振り向くと――ディセルの香りが一層濃くなり、私の唇は暖かく柔らかい何かで覆われた。
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