第二十二話『物事には理由がある』

第23話

紡ぎ手さんが私を宥めるように頭を撫でているのは重々承知の上だが、涙が止まることはなかった。


「・・・僕サイドの話をしましょうか」


――紡ぎ手さん側・・・?


「僕の使命はこの世界を正位置・・・『悪魔』のいたずらによって崩壊の一手を辿らないよう歴史を調整することです。僕が存在しているにも拘わらず『ヒカップ家の呪い』が今まで放置されていた。ということは――平和な世界を保つための障害にはなり得ないということを意味します」


「え・・・ヒック!」


――つまり、この呪いは・・・『ヒカップ家の呪い』は・・・。


「私達は、しゃっくりに苦しめられるべき一族だってことですか・・・?」


声が震え、表情筋が凍てつく。別の意味で涙が出そうだった。過去の記憶がフラッシュバックし、私は――実家のリビングルームにいた。


『ヒック・・・ママはどうして私を生んだの?』


忘れもしない9歳の記憶。私は泣きながらしゃっくりをし、ママにそう問いかけた。


『――貴女を愛したかったからよ。エステラ』


ママは私を優しく抱きしめ、湿った声で話し始めた。


『呪い持ちの私でも一生を共にしたいと思える人の妻になって、子供を産んで・・・愛情いっぱいに育ててみたかった。普通の母に・・・なりたかったの』


『・・・!』


いつも笑顔で優しいママが泣いているのを見たのはこの時が初めてだった。


『私の我儘で貴女を苦しませて・・・本当にごめんなさい』


この時初めて、ママにだって権利があるということを子供なりに理解した。


――私はそれに気づかず、自分の事ばかり・・・って、泣きながら謝ったんだっけ。


沈んだ表情の私を宥めるように、紡ぎ手さんは滔々と語りだした。


「――物事には必ず理由がある。ヒカップの家系の者は代々強大な魔力を保持していました。神は国の1つ2つを難なく滅ぼせるであろう魔力を抑止するために、ヒカップ家に呪いしゃっくりという名の枷をつけたのです」


『ヒカップ家の呪い』――親から子、子から己の子へと受け継がれてゆく呪い。文献によると受け継いだ者は呪いの呪縛から解放されるケースが殆どらしい。それでも私の叔母――ママの妹さんは子に継承されてもなお呪いが継続し、一昨年しゃっくりを100回して息を引き取った。このことを紡ぎ手さんに話すと、彼は淡々と答えてくれた。


「ヒカップ家に限らず魔力には個体差があります。ヒカップさんの叔母さんは恐らくこの世界にとって・・・魔力制御を充分に行えるほど成長したとしても、枷を付けたままでないと危険だったのではないかと思われます。今後のリスクを踏まえた結果、神がそう判断したのでしょう」


――確かに。叔母さんは幼いころから魔力制御が苦手って言ってたっけ・・・。


この呪いの背景なんて考えたこともなかった。物事には理由がある・・・分かっていたことだけど、私は知るのが怖くて・・・目を背けていただけだったかもしれない。


「私はママからこの呪いを受け継ぎまヒッた。ママは私に呪いを継承して・・・平穏な日々を暮らしています。確かに魔力は他のママさんを凌ぐ強さだンクッけど・・・」


紡ぎ手さんはここで私の反応を伺い、勘違いしないで欲しいのですが。と続けた。


「神がヒカップさんの一族を滅ぼさなかったのは、この世界に必要な存在であったからです。他の地域にもくしゃみやあくび等・・・『ヒカップ家の呪い』に酷似した呪いをかけられている一族が存在するようですよ」


「それは・・・ご先祖様が残した文献で読みました」


隣国にはくしゃみを100回したら死ぬ呪いをかけられた一族がいるらしい。認知しているだけで会ったことはないけど。


「どうして・・・ンクッ。紡ぎ手さんは私にこの呪いを解く方法を教えてくれたんですか」


両手を握りしめ、とうとう核心に触れた。すると何故か紡ぎ手さんは仮面を装着し――赤黒い杖を構えた。えっ何で急に戦闘態勢?

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