第二十一話『茹だるような想い』
第22話
私の1日はしゃっくりから始まる。始まらない日もごく稀にあるけど、今日は稀な日じゃなかった。
いつも通り身支度をして、朝食を自分で用意して食べて・・・ゴミ袋を持って外に出る。
――早朝なのに暑い・・・。
昨日のことがあって寝れない。とかはなかった。ご飯が喉を通らない。とかもなかった。朝日が私の肌を焦がし、汗が額に浮かぶ。昼行性の鳥は元気に羽ばたき、空は雲一つない快晴だった。
13年で体験してきた、何の変哲もない夏の朝。メタトロン魔法帝国の街並み。
――何も変わらない。近所の食堂のメニューだって、実家の屋根の色だって・・・変えたいところだけ変えればいい。
「ヒック」
道行く人に挨拶されるのが嫌で、わざと遠回りして人気のない道を歩く。職場に到着し、防音魔法が施されたマスクをつけた。
――空調が効いた室内だけなら問題ないんだけど・・・外だと蒸れて暑いな。
マスクのお陰か、私の呪いを揶揄する人は特にいない。それでも『メタトロン魔法学園の生徒』に戻れば・・・変えたい状況ですら、変えられなくなってしまうのだろう。
――変わりたい。呪いさえ無くなれば変わる。変えられる。変わらない日常なんてもう嫌だ・・・。私とディセルの人生をそっくり変えてしまえば、今抱えている想いも――
『ヒック。何で僕がこんな目に・・・おめでとう。僕の人生ぶっ壊して、君は幸せを手にしたんだ・・・ヒック。ちゃんのこと、いいヤツだなって思ってたのに・・・見損なったよ』
――彼が嫌悪で上書きしてくれる。
いつもより神経を尖らせて建物の中を歩く。今日に限って出たり入ったり移動したりなど・・・歩く機会が多かった。
「はぁ・・・」
鑑識室に戻る途中、マスクをつけているのを逆手にとって盛大な溜息を吐く。
「ヒック!」
しゃっくりだってし放題。表情だって隠れてるし・・・マスクって最高じゃない?
「――ヒカップさんこんにちは。インターンお疲れ様です」
「あ、お疲れ様です・・・え!?」
いつも通りマスクをずらして会釈し、見知った顔が挨拶してきたことに気づいて二度見する。
「紡ぎ手さん!?」
――何でここに!?え!?何か普通にいた!ぬるっと再会しちゃったよ!
紡ぎ手さんは初めて会った時と同じ黒の軍服をカチっと着こなし、涼しげな眼で私を見る。暑くないのかな凄い。
「・・・まぁ、そろそろ頃合いかなと思いまして。その後調子は如何ですか?」
――頃合い・・・頃合いだーー!
私は鬼気迫る表情で紡ぎ手さんの腕を掴み、囁くように話す。
「ちょ、ちょっとおはック。お話し・・・相談したいことがあります」
「え。お仕事は大丈夫なんですか?」
こんな時にまで私のことを気遣ってくれる優しさ。目に沁みすぎて痛い。
「このまま昼休憩行くところだったんで大丈夫です!」
私は勢いのまま紡ぎ手さんを中庭へと連れて行った。真夏日の昼休憩中にこんなところにいる人なんて・・・私くらいなものだろう。紡ぎ手さんごめんなさい。全身黒で見ているこっちが汗かきそうです。
「キス・・・できませんでした」
木陰の下にあるベンチに座り、私はそう切り出した。誰でもいい。この胸に巣食う想いを、これ以上自分の中に溜めこんでいたくなかった。
「決めたのに。この呪いを無くして、ック前に進もうって・・・ディセルの人生を踏み台にしてでも、私は幸せになりたくて・・・」
――成り代わったっていいじゃん。私はずっとずっと・・・周りにちやほやされてる優等生のディセルが羨ましかった。
「最低で、とんでもなく愚かで、ヒック。どうしようもないって分かってます。でも・・・ディセルならいいかなって思っちゃったんです」
――無理矢理正当化して、いざチャンスが舞い込んできたと思ったら怖気づいて・・・。
「ヒック昨日だって・・・ッそんなに頑張らなくたって、沢山の人がディセルのことを見てくれるのに。いつも人を見下して、カッコつけて・・・」
――嫌いだ。嫌い・・・存在がムカつくディセルなんて『ヒカップ家の呪い』で弱体化してしまえばいいんだ。そうすれば・・・私はきっと、今よりもっと彼のことが・・・。
「素直じゃなくて、小賢しくて・・・そのままでよかったのに。優しい部分を知って、実際に触れてしまったら・・・ヒクッ」
――私は駄目になってしまう。今よりもっと歪んで・・・壊れてしまう。
「私は一体ック。誰を呪えば救われるの・・・?」
頭に乗っかった何かが、ゆっくりと私の頭を撫でる。しゃっくりも、勝手に出る涙も・・・止められない自分が嫌いだ。
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