第十九話『魔が差しただけ』
第20話
本日のインターンも無事終了し、違法ポーションの効果もいつの間にか切れていた。しゃっくりも無事?戻った。まぁ語尾に『めう』がつくよりはいいか・・・。安堵の息を吐いて廊下を歩いていると、窓の外から見知った顔が見えた。
――ディセル・・・まだインターン終わってなかったんだ。
野外訓練場にはディセルの他に数名の第一部隊と思しき人達が、個々の属性魔法を用いて模擬戦闘をしている・・・ように見えた。インターン生はディセルだけ。こんな時間まで・・・私の知るディセルなら、定時が来た瞬間さっさと帰りそうなのに。
「・・・」
これは任務の一環。そう頭の中で繰り返し、私は魔法で自宅へと転移した。
――いた・・・。
再び魔法特務機関に転移し、ディセルを探すこと数分。彼は自分の家に帰らず、外のベンチで横になっていた。
――し、死んでないよね。
日が落ちかけているとはいえまだ外気温は高い。熱中症になっていたらどうしようと不安に思いつつもディセルに近づき、意識と脈の確認をした。
「ック」
――良かった。ただ疲れて寝てるだけ・・・。
回復魔法をかけてあげたいのは山々だけど、生憎魔力消費が大きい転移魔法を連続で使用してしまったため無理だった。
――そのことでグチグチ言われそうだけど、差し入れがあるから勘弁してくれるでしょ。
私は傍に置いた紙袋を見やる。中には2分で作ったエステラ家特製100%フルーツジュースが入っていた。タンブラーは自前なので、飲み終わったら洗ってもらおう。
「・・・」
何となく辺りを見渡し、しゃがみこんでディセルの寝顔を観察する。
――人の気配がない空間・・・寝ていて無防備なディセル・・・そして。
「ヒクッ」
――しゃっくりを口移しすると解ける呪いにかかっている私・・・。
こんな絶好の機会・・・他にあるだろうか。私は唾を吞み、イエローの髪を耳にかけた。
――だ、大丈夫大丈夫・・・。ただ唇を合わせてッ駄目!
イメージすればするほど鼓動が高鳴り、嫌な汗が背中をつたう。
――よし・・・とし。いくぞー。やるぞー。
深呼吸のしゃっくりで気を紛らわせ、未だ規則正しい寝息を立てているディセルの唇目がけて身をかがめたその時。
「・・・エステラ・・・」
「・・・!」
私の中の時が、完全に停止した。
「・・・」
ディセルの夢の中に私を勝手に出すなだとか、寝言で人物名を唱える。しかも本人がそれを聞いている。なんてシチュエーションが信じられないだとか、もうとにかく頭の中がぐちゃぐちゃにミキシングされて・・・。
――ほ、本当はずっと起きてたとか?そうね。そうに違いないわ。
「お、起きてるんなら起きなさック。さっきのはただのいたずらというか・・・ック。ディセルが私と話すとき、やたッ。やたら距離近いから・・・」
しゃっくりをしながら揺さぶると、ディセルが小さく呻き声をあげてゆっくりと目を開いた。
「ぅ・・・エステラ・・・?」
――また・・・名前。呼べるなら初めからそう呼んでよ。
この本音を言うのは今じゃない。剥き出しのそれを吐露してしまえば・・・私もタダでは済まなくなるということを本能で理解していた。だって今・・・こんなにも胸が痛い。
「見つけたのが私で良かったですね。他・・・」
――フェリア様とかだったら、なんの躊躇いもなくキスできてたのかな・・・。
口ごもる私を見て、ディセルは数度瞬きし――アイアンブルーの瞳を大きく見開いた。
「ええええっ!?ヒックちゃん!?何でこんなとこにいんの?」
「ヒック。何って・・・貴方がこんなところで寝たふりなんてしてたから。騙されてつい構っちゃったの」
「いや普通に寝落ちしてたけど・・・というか離れて近寄んないで」
ディセルは上体を起こし、私を見つめながら少しずつ後退する。まるで巨大な魔獣になったような気分だった。
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