第十八話『本当は分かってた』

第19話

広い心を持ってディセルの爆笑を受け流し、私達はそれぞれの仕事場へと戻った。


――今日のディセルは、いつもより嫌じゃなかった?かも・・・。ディセルという人間に、私が慣れただけなのかもしれないけど。


「エステラさん。第一部隊の人が呼んでるよ」


「はい!」


出口を見ると、アストンさんが軽く手を振っていた。私は彼の微笑に引き寄せられるように歩き、マスクを取ろうと耳に手をかけた。


「取らなくて大丈夫。今のエステラさんのことはディセルから聞いてるから」


――えっ。


災難だったな。と同情的な視線が痛ましく思えた。アストンさんはこんなにカッコいいのに、私はどうしていつも・・・。


「ディセルにいじめられてるって本当?」


「っ!」


俯いていた顔が少しだけ上がる。それでも臆病な私が怖がって・・・アストンさんの顔を見ることが出来なかった。


「あいつ、この4日間ずーっと隙あらば鑑識部隊の方へ行こうとしていてな・・・試しに昼休憩の時間を鑑識部隊に合わせてみたらコレだ」


――えっディセルそんなことしてたの?


アストンさんは深いため息を吐いて続ける。本当にお疲れ様です。


「誰よりも早く仕事を終わらせてエステラさんを探しに行ったよ。昼休憩後、不気味なくらいご機嫌で調子も良かったから・・・エステラさんがディセルのストレスの捌け口になってるんじゃないかと思ってね」


アストンさんの声色から私に対する気遣いが見え隠れていることに気づき、1歩引いて頭を下げる。


――心配してくれてありがとうございますも言えないなんて・・・もどかしいよ。言葉って偉大だな・・・。


「ディセルは捻くれてて傲慢で、陰湿なところがある。そんな男に日頃から執着されてエステラさんも嫌じゃないのか?」


「・・・」


――嫌に決まってる。だから、ディセルに『ヒカップ家の呪い』をうつそうと決めた。


「俺は嫌いだ。ディセルの驕った態度も、自信過剰なところも・・・あいつの兄貴を見ているみたいで腹が立つ」


そう言う割に、アストンさんから憎しみなどの黒い感情は感じなかった。顔だって笑ってる。


――きっとそれもディセルの個性だと受け入れているから・・・憎まれ口を叩かれても、そうやって笑い飛ばせるんだ・・・。


アストンさんはディセルのお兄さんと幼馴染であり同期だということを教えてくれた。そのお兄さんは隣国へ遠征中らしい。ディセルとも、幼少期からの付き合いなんだとか。


「ディセルは不器用な裏で優しい一面もある。一言余計なのが難点だが」


――分かってる。フェリア様達から助けてくれたのも、ヴァーサタイル家の使用人に誘ってくれたのも・・・私が可哀想なクラスメイトだから。


「インターン初日も、エステラさんの前で自分を大きく見せるために噛みついてくるのが面白くてな・・・」


――私は、まだアストンさんほど大人じゃない。ディセルの言葉も、行動も・・・ついそのまま受け止めて怒ったり悲しんだりしちゃう。


自分の考え方が固執し、アストンさんの言葉の真意さえ探そうともせずに留まっている。そんな自分が嫌だけど、どうすればいいのか分からなくて・・・私は黙ってアストンさんの話を聞いていた。


「まあ、悪い奴じゃないんだ。ディセルは今でもエステラさんが第一部隊に配属されないか、いっそのこと自分が鑑識部隊に転がるか・・・そのことばかり考えてる」


馬鹿で面白いだろ?と同意を求められるが、ちっとも笑えなかった。何してんのディセル。


「分かってるめう」


敬語さえまともに話せない今の状態で、私はアストンさんに何を伝えたいというのだろうか。理性が警鐘を鳴らしても、私はマスクを取って彼の目を見た。


「超超性格が悪いくせにディセルが人気者なのは、皆ディセルのマイナスな部分が帳消しになるくらい彼のいいところを知ってるからって・・・ちゃんとわかっているめう」


私とディセルはクラスメイトだ。人気者かつ有名人の話題なんて、どこからでも舞い込んでくる。そのどれもが――輝かしくて、圧倒的で、恐ろしくて・・・時に私達と同じ13歳らしくもあって。


「だけど私は・・・そんなディセルだからこそ嫉妬してるめう。ディセルは私にとって、ずっとこのまま――憎たらしいいじめっ子のままでいてくれないと困るめう」


――そう思い続けないと・・・呪う決心が鈍ってしまう。どうかこのまま、私にとっての敵でいてほしい。


「・・・こりゃ重症だな」


薄っすらと膜が張った瞳を隠すように俯いて、私は中断していた業務を再開した。

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