第十七話『昼休憩中でもトラブルは続く』

第18話

昼休憩中、私は人気のない中庭で1人お弁当を食べていた。木陰の下をそよぐ風が心地いい。


――はぁ・・・ポーションの効果か知らないけど、しゃっくりが出ない代わりにこんな目に遭うなんて・・・。


「ヒーックちゃん」


「めーっ!」


オムライスの山を崩す手を止めて振り向くと――4日ぶりのディセルがそこにいた。彼はお兄さんとアストンさん属する第一部隊に配属され、徹底的にしごかれているらしい。彼と最後に話した内容は互いを鼓舞するものではなく・・・アストンさんの性格(悪いところばかり)や私より美人で背が高くて巨乳の婚約者がいることを事細かに説明されただけだった。その後アストンさんから帯電パンチを喰らったのは言うまでもない。


「めぇって・・・何その驚き方・・・っふふっ」


――よりにもよって今日・・・というか今出会うとか!本当に運命の神様仕事して?


私が下手に喋れない状態なのをいいことに、ディセルは私の隣に座った。彼はBLTベーグルサンドの包装を開ける手を止め、もの言いたげな視線を私に送る。


「・・・?」


今の私には『どうかしましたか?』の8文字ですら声に出せない。


「今日のお弁当もヒックちゃんが作ったの?」


口にオムライスが入ってて喋れませんという体で頷く。


「僕のベーグルサンドと交換してよ。見て分かる通りまだ食べる前だから」


「!?」


戸惑いに目を丸くするも、私が強く否定しないのをいいことにランチボックスを没収され、代わりに近くのカフェテリアで購入したとされる大きなベーグルサンドが置かれた。ど、泥棒!


「・・・」


「美味っ。やっぱヒックちゃん料理上手だね。詠唱魔法士より料理人の方が向いてるんじゃない?」


――一言多い・・・はぁ・・・。


文句のもの字も言えず、ベーコンとレタスとトマトがサンドされたベーグルサンドにかぶりつく。香ばしいモチモチ食感のベーグルに、奥深い味のソースがベーコンの油の旨味をより際立たせている。加えて瑞々しいトマトとレタスの新鮮さが織りなすハーモニーに、私は『喋らない』という縛りを忘れて本音を零した。


「美味しいめう!」


「めう?」


「あっ・・・」


――やっちゃったあああああ!


「ち、違うめう。これは違法ポーションの効果で、しばらく語尾に『めう』がついちゃうんだめう」


「何それ」


顔を真っ赤にして俯く。犯人――違法ポーションの開発者の話によると、私が頭からかぶったポーションは『人間を一生羊に変える薬』の試作品だったらしい。試作の段階では『一定時間人間の声を羊に変える薬』を目標に開発を進めたそうで・・・。


「あくまでこれは『変身魔法』として作られたものらしいめう。だから私にも効いためう。状態異常だったら無事だったのにめう・・・」


「いや羊じゃないじゃん。ただのキャラ付けにしかなってないよ」


「要は試作品の失敗作らしいめう。ポーションの効果も数時間で消えるみたいめう。成功したものを浴びなくて良かったと思うべきめうだけど・・・」


「連呼されると腹立つね」


「やかましいめう」


半泣きで食べたベーグルサンドはさっきより塩味を感じた。ディセルはあっという間に私のお弁当を完食し、水魔法でランチボックスを洗浄までしてくれた。魔法って本当に便利ね。


「語尾が変でもいいから。ちょっと話聞いてよ」


ディセルは新たに取り出したローストビーフサンドを食べながら、4日間のうちに溜まった愚痴を吐き出した。ベーグルサンドは話の途中で食べ終わってしまい、正直ディセルと話すより魔術書を読みたいと思ったのは内緒。


「――今日だってアストンの奴、終わった人から休憩って言った癖に昼休憩開始10分前にノルマ追加してきやがって・・・」


「そうだっためうね。可哀想めう」


「なーんか・・・途中から生返事じゃない?」


――ギクッ。


「そんなことないめう」


「めうめう五月蠅いめうー」


「真似すんなめう」


「っ、あははははははは!無理もう限界。ヒックちゃん面白すぎでしょ!」


――ぐ・・・。


「4日ぶりに会えたと思ったら、ヒックちゃんがめうちゃんになってんだもん。しかもルーツ羊て!はー無理お腹死ぬ・・・」


ディセルが笑う姿を見て、そこまで憎く思えなかったのは・・・いつもの厭味ったらしい顔つきより、今みたいなあどけない表情がちょっといいなって思ったからだ。


――そういうことにしておこう。

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