第十三話『呪いを解く方法』

第14話

本に書かれていた内容を読み込み、自分が理解しやすくなるよう噛み砕く。紡ぎ手さんが教えてくれた、慢性的なしゃっくりを止める方法とはズバリ――『しゃっくりを口移しすること』だった。要は呪いを押し付けたい相手に、私のしゃっくりを飲ませるまでキスをし続けなければならない。


――む、無理・・・!


難しいかと問われれば、行為自体の難易度はそれほどでもない。問題は自分の気持ち――精神的なハードルが恐ろしく高いということだ。


「私のファーストヒック。キッスが、相手を呪うことに繋がるなんて・・・」


自分で言った事実に愕然とする。それならご先祖様は一体どうしていたんだろうと更にページをめくると、最後のページに小さく『この解呪方法はエステラ・ヒカップのみに適応される』と書かれていた。その下にもう一文。


――『この世界の紡ぎ手が、貴女のためだけに用意した方法です。エステラさんの人生に幸多からんことを』・・・。


「紡ぎ手さん・・・貴方は一体、何者なの・・・?」


ひょっこりと私の生活圏に現れ、あれよあれよと私の人生を劇的に変えてしまった紡ぎ手さん。変えるだけ変えて、私にチャンスを与えるだけ与えて・・・。とても強くて謎めいているけど、どこか人間味のある――そんな彼は最後にこう言い残した。


『この国の歴史が動く時にまたお会いしましょう』と。確かにそう言ったんだ。


――もしも私が呪いを解いて、一流の詠唱魔法士になったら・・・紡ぎ手さんにまた会えるかな。


ずっと夢見ていた。呪いのない生活を。ずっと憧れていた。一人前の詠唱魔法士として国の為に力を尽くす存在に。でもその為には――誰かを呪わなくちゃいけない。


「ヒック」


誰もいない部屋に呪いが響く。また今日もしゃっくりが100回に達する見込みはなさそうだった。睡眠時に呪いは発動しない。何故だかしゃっくりは出そうと思う時ほど出ない仕組みになっている。理由は不明。こうして0時を回り――明日も呪い持ちのエステラとして辛い日々を過ごすんだ。


――この呪いはきっと一生モノ。消滅させることは出来ない。紡ぎ手さんはそれでも、私の為だけに抜け穴を用意してくれたんだ。


この方法を知ってしまった私は・・・どうする?キスという愛情行為は一旦置いといて・・・呪いをうつすとしたら、誰にうつす?


――私が、うつしたい相手もしくはうつしても罪悪感を抱かない相手なんて・・・そんなの。


「ディセル・ヴァーサタイル・・・」


口から零れた言葉が耳に入り、はっと我に返る。何でかは分からない。ただ一番に思い浮かんだ人物が彼だっただけだ。


――うつす方法が方法なんだよね・・・。できれば・・・男の子がいい。私も初めてのキスだし。


ディセルとの出会いは最悪だった。彼との始まりは1年生の教室。担任の先生がクラスメートの前で私の呪いについて説明した後、ディセルがおもむろに――


『エステラ・ヒカップ?エステラ・ヒックの間違いでしょ!縮めてヒックだね』


――初対面の私にとんちきなあだ名をつけた。その瞬間、私の存在を煩わしそうにしていたクラスメート達が一斉に笑い出す。


『ディセル様最高!ネーミングセンス神!』


『いいね!入学試験の時もずっとヒックヒックうるさかったし。ヒックさん可愛いー』


『よろしくー。ヒカップ・・・じゃなくてヒック嬢!』


「・・・ヒック」


当時の記憶を思い出し、心の奥が黒々とした何かで覆われる。ディセルなら・・・呪われてもいいんじゃない?人望も厚いし、侯爵家だし。デバフがついても飄々としてそう。


――決めた。後のことはその時になって考えればいい。


丁度いい。夏季休暇中はヴァーサタイル家で働けば・・・ディセルを呪うチャンスはいくらでも転がり込んでくるだろう。


――夏季休暇中、絶対にディセルとキスしてみせる!


と心の中で宣言し、早15時間が経過した。


「――え?わヒクッ!私が夏季休暇中、魔法特務機関のインターンにですか?」


そう決意した私の心は、担任の先生からの誘いによって早くもぐらつき始めていたのでした。

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