第十話『どうして私なの?』

第11話

大事な話をしていることは分かったけど・・・私の正直それどころじゃなかった。脳に住むミニエステラ達がキャパオーバーだと叫び出す。


「は、離れてください・・・」


悲痛なしゃっくりが届いたのか、ディセルはあっさり離れ――えっ何で私の手を取って歩き出す!?


「続きは帰りながら話そっか」


「ヒック!いやいや嫌!どうして私なんですか!ック、絶対他に目を向けるべきです!」


「そんなの分かってるよ。でも僕はヒックちゃんがいーの」


――意味が分からない!


大股で歩くディセルに手を引かれながら教室に入り、鞄を回収する。その間私達をつなぐ手が離れることはなかった。


「あ、あの・・・手を」「離したらヒックちゃん逃げるじゃん」


無言のしゃっくりは肯定を表していた。


「ただえさえ馬車を待たせてるのに・・・どうするの?御者がトイレ行きたいのを我慢して僕らを待ってたら。ヒックちゃんの所為で彼漏らしちゃうかもよ?」


「えええ!?」


このままでは何の罪もないヴァーサタイル家の御者の尊厳が死んでしまう!という気になってしまった私は数分後、自分で自分の頬を打った。




簡単に流されてしまった私、エステラ・ヒカップは――苦手なクラスメイトと馬車に揺られていた。ちなみに御者の膀胱は無事だった。本当によかった。


――じゃない!


両手で思いっきり自分の頬を叩き、足を組んで座るディセルをキッと睨む。


「はー面白・・・こんなあっさりに男と2人っきりで馬車に乗るとか。ヒックちゃん流されすぎでしょ」


「・・・ンクッ」


ディセルに対する罵詈雑言をしゃっくりで飲み込んだ。すると追い打ちで彼の口角が上がる。


「それにヒックちゃん・・・さっき僕にキスされるって思ったでしょ」


死にたい。


「ヒック!ちっ、違います!」


条件反射で否定を返すが、ディセルの瞳から愉悦の色が消えることはなかった。


――うわああああああ!ダメっここ学園内なのに・・・!とか思っていた自分が恥ずかしい!


自分でも分かるくらい赤くなった顔を鞄で隠すと、小さく笑う声が聞こえた。


「ごめんごめん。話を戻すけど・・・自分がディセル家の使用人に相応しいか相応しくないかわ一旦置いといて、ヒックちゃんにとってのメリットをあげようか」


――私にとってのメリット・・・?


「1つ目。賃金は弾む。学生じゃ手の届かないような詠唱本が、何十冊も変えるくらいのお金を労働の対価として支払うことを約束する」


顔の前にあった鞄が口元まで下がった。


「2つ目。人生経験になる。ヒックちゃん自身が身の程を弁えているように、例え短期間でも侯爵家の使用人になるなんて機会そうないよ」


――た、確かに・・・。


私は口元を隠していた鞄を胸に抱いた。


「3つ目、は・・・」


「?」


急に歯切れが悪くなり、思わず首を傾げる。ディセルは不満げにそっぽを向いてぼそりと一言。


「夏季休暇中ずっとヒックちゃんに会えないとか・・・耐えらんないし」


「はぁ・・・」


『そうですよね。お気に入りのオモチャが手の届かない場所に行ってしまいますもんね。私は済々しますけど』とは言わなかった。


「ヒックちゃんも僕に会えないのは寂しいよね・・・?」


「はぁいそれックッは!」


目が笑っていない笑顔に怯え、まともに喋れない代わりに何度も頷く。それでも私は悪足掻きとして――


「少し、考える時間をください」


――保留という選択肢をとったのだった。



「はぁ・・・どうしよう」


ヴァーサタイル家の馬車で家まで送られた私は、完全に1人になったタイミングで大きな溜息をこぼした。


「――お困りですか」


「!!」


しゃっくりが出る前に心臓が口から出たのかと思った。そのくらい驚いた私を見て、音もなく背後に立つ人物――紡ぎ手さんは形の良い眉を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る