第九話『エステラ・ヒカップはお礼する』

第10話

「・・・大丈夫です。ですがあんな危険な魔法。攻撃の意志がない人達に向けるべきではないと思います」


灼熱の風スコーチング・ウィンド』――局所的に熱風を発生させる魔法。詠唱者によって空気の温度と風圧に差が出るらしい。


複合魔法はどれも強力で・・・おおよそ女子に向けて放って良い魔法ではない。


お礼そっちのけで非難の目を向けると、ディセルは片眉をひょいと上げた。


「はぁ?人が折角助けてやったのにお礼もないわけ?」


――だって頼んでないし。


「・・・ありがとうございます」


不貞腐れた表情を隠しもせずにお礼を言うと、ディセルは更に言葉を重ねる。


「ヒックちゃんの下着が透けたまま校舎を歩かせるのは?同じクラスメイトとして流石に不憫だなって思って。僕ほどの実力なら、率先して困っている人を助けるべきで・・・別にヒックちゃんだけじゃないからね。僕はこういう・・・可哀想な弱者を助けるって行いはよくしてるし・・・」


『スクリュー・ユヒック!』『ぎゃーーっ!』


――我慢我慢我慢・・・!


脳内でディセルに禁忌魔法を3回かけたところで、ふととある疑問が思い浮かんだ。


「どうしてわざわざ魔法を・・・ディセル様ほどの有名人なら、フェリア様達の間に割って入るだけで良かったのでは」


――仲裁に入れば、わざわざ複合魔法を使わずとも丸く収まったのでは。


自分の言葉に納得し頷いていると、ディセル様が私の髪を一束すくい――乾きたてのそれに口をつけた。


「でも乾いたでしょ?」


「なっ・・・!」


至近距離で色気のある瞳に射抜かれ、顔に熱が集まる。この男・・・憎らしいほどに顔が良い!


――この前みたいに精神状態がグズグズだったら・・・!あんな奴に照れることもなかったのに!


確かに彼の魔法によって、私の服と髪はすっかり乾いていた。全身びしょ濡れだった私を完璧に乾かす程の威力ってことは・・・とばっちりを受けたフェリア様達のダメージは尋常じゃなかったんじゃあ・・・。


「ヒックちゃんをいじめっ子から助けた分と、乾かしてあげた分。もう一回ちゃんとしたお礼が欲しいなー」


「ヒック!」


「あ、出た」


しゃっくりが再発した私を見て、ディセルは面白そうに笑う。彼は未だに私の髪に触れたままだし、パーソナルスペースも侵害したままだ。いい加減離れて欲しい。


「ありがック。ございます」


「えー?しゃっくりでよく分かんなかったな・・・もう1回」


――こ、この・・・!


怒りにワナワナと震え、ディセルを睨んでも彼はどこか吹く風で。気分を落ち着かせようと深呼吸するとしゃっくりが出た。もう本当にこの身体嫌い。


「お礼も言えないんなら、別のカタチでお礼してもらおっかな」


「ぇ・・・」


急に抱き寄せられ、ディセルの顔が急接近する。私は拒むことも出来ず、驚きで身を硬直させた。


――えっ何何何何!?


反射的に目を瞑り、これから起こるであろう行為に身構える。だがしかし、ディセルの唇は私の唇――ではなく、耳に落ちた。


「夏季休暇中、僕の家の使用人になってよ」


「えっ」


唐突にそんなことを言われた所為でしゃっくりが出た。


――僕の家・・・ディセルの実家って・・・。


「ヴァーサタイルヒック、侯爵家の!?」


「勝手に文字を付け足さないでくれる?」


無理無理無理!としゃっくりと交互に首を横に振る。13歳という年齢もそうだし、天下の侯爵家がしゃっくりが止まらないメイドを雇う道理はどこにもない。


「僕にも専属執事がいるんだけど、あの人ずっと働いてて・・・全然休んでくれないの」


「ヒック」


「この学園ももうすぐ夏季休暇に入るじゃん。なら僕の執事も夏季休暇をあげたいなって思ってて」


――近い・・・それにこの爽やかな柑橘系の香りって、ディセルの・・・!


ディセルは私を抱きしめたまま会話を続ける。耳元で囁かれ、仄かに香るシトラスの香りを鼻で吸う度、脳が焦げ付くような感覚に陥った。

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