第八話『現実は無情である』

第9話

デイザスターを倒し、その功績を称えられた後――私は今よりずっと好奇の視線にさらされることとなってしまった。


『本当にあんな奴が新聞に載っていたあの化け物を・・・?』


『まともに詠唱魔法唱えてるとこ見たことないよ?本当はあの子が倒したんじゃないんじゃない?』


――うぅ・・・学外の人と学園の生徒とじゃ評価が違いすぎ・・・!


下を向き、誰にも絡まれないよう速足で移動教室先へと急ぐ。次の授業が終われば放課後だ。帰りも面倒事に巻き込まれる前にさっさと帰らなくちゃ。

と、愚かにも伏線を張った数時間前の自分を往復ビンタしたい。何なら痙攣する横隔膜を直接手で止めたい。


「――聞こえておられますか。エステラさん」


「・・・はい」


「なら私に早く見せて頂戴。デイザスターなる魔獣を倒したとされる詠唱魔法を」


本日最後の授業が終わってすぐのこと。私はしっかりと中等部1年女子生徒の中で最も実力のあるフェリア・マナネッロ男爵令嬢とその取り巻きに絡まれていた。


「あ、あの魔法は凄く強力なもので・・・」


「御託を並べている暇があるならとっとと唱えたらどうなの!?」


「そうよ!フェリア様が貴重な時間を割いてわざわざ!呪い持ちの魔法を見に来られたというのに!」


どうにか穏便に済ませようとしても、取り巻き達の金切り声で潰される。そもそも禁忌魔法『スクリュー・ユヒック』は使用すると暫くの間しゃっくりが出る。今日は運よくお昼ごろからしゃっくりが出なくなったので、再発するまでに帰りたいのが本音だ。


――あれ禁忌魔法だから!学園のど真ん中で使ったら流石に怒られる!あと使ったらまたしゃっくり出ちゃう!


「・・・申し訳ございません。あの魔法は多用するなと、両親から強く言い含められた後でして・・・」


頭を深く深く下げ、彼女達の溜飲が下がることを祈る。しかし頭上に降りかかってきたのは――疑惑をたっぷり含んだ冷笑だった。


「そんなこと言って・・・本当はあの魔獣が元から瀕死の状態で、その現場を偶然訪れた貴女が介錯しただけ。とかじゃありませんこと?」


「それか魔獣が勝手に自爆した。とかでも有り得ますわ」


「ほ、本当に私が倒したんです!嘘じゃありません!」


反射的に顔を上げて食いかかる。この部分を否定すれば、私を評価してくれた魔法特務局長も否定することになる。そして自分の為とはいえこの結果を残してくれた紡ぎ手さんにも面目が立たない。


「――『濡れ鼠ウエット・ラット』」


え。と発する間もなく、私の身体は全身ずぶ濡れになってしまった。


「・・・そんなに大きな声を出さないで頂戴。しゃっくりの弊害で自分の声が聞こえづらくなっているのかしら?」


「お見事!流石フェリア様ですわ」


――そうだった・・・フェリア様の属性魔法は私と同じ『水』・・・ピンポイントに私だけを濡らすなんて、とても13歳が出来る芸当じゃない・・・。


頭が冷えたことにより、狭くなっていた視野が戻る。因みに私がこの魔法を使えば、もれなく全員が着替えることになるだろう。


「ヒカップ嬢・・・とてもよくお似合いですわよ。これで思いあがっていた熱も冷めたかしら」


「あははははは!フェリア様の仰る通りですわ」


フェリア様の皮肉を聞いて取り巻き達が嗤い出す。この程度の屈辱は日常茶飯事だ。だから平気・・・。


――平気・・・なわけないよ。


目から塩味のある水が流れる。私が肩を震わせていることに気づいた取り巻きの1人が、声のトーンを上げて指摘する。


『無様ね』『愚かしい』『なんて見苦しいのかしら』


そんな声が嘲笑と合わせて聞こえる。どんなに強い魔獣を倒しても、『私自身』は何一つ変わっていないということをまざまざと思い知らされてしまった。


「申し訳・・・っ!?」


「「キャアアアアアアッ!」」


どうにか吐き出そうとした謝罪の言葉は、私達を襲う熱風によって遮られた。真横から高温の風をまともに浴びたフェリア様とその取り巻き達は悲鳴を上げてその場から退散する。


――『風』と『火』の複合魔法・・・。まさか。


2つ以上の属性を掛け合わせた『複合魔法』。多分今の魔法は高難易度の部類に入ると思う。確かそうだった気がする。そんな魔法が使える中等部生は私が知る限り1人しかいない。


「・・・大丈夫?」


不本意にも私を助けてくれたのは――いじめっ子のディセル・ヴァーサタイルだった。

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