第二話『ディセル・ヴァーサタイルはいじめっ子』

第3話

「ヒック。ごめ、ごめんなさい。もう帰りまんクッ、から」


泣き顔を見られたくなくて、俯き両手で顔を覆う。よりによってこの人に見つかるなんて・・・。学年一の優等生である彼は、入学した当初から何かにつけて私に絡んでくる。所謂いじめっ子だ。完全に私をストレスのはけ口にしている。はっきり言って嫌いな存在だった。


「帰るって言っても、そっち出口じゃなくない?」


「トイレに、っ゛。行くところだったんです・・・」


と言いつつ早歩きでディセルを撒こうとする。彼の実家は侯爵家・・・有り体に言えば超偉いところのお坊ちゃまだ。例え四男であれ、彼に逆らえる人間は教師でもいない。おまけに優秀な詠唱魔法の使い手といったもんだから・・・私は黙って逃げることしかできなかった。


「あー待って」


「ヒキュッ」


突然腕を引っ張られ、驚きのしゃっくりが出た。ディセルは肩を震わせてポケットからチョコレートを取り出す。


「ふっ・・・本当にヒックちゃんのしゃっくりって面白いよね」


「・・・」


「そんな目して怒っても無駄。ってか、もっといじめたくなる・・・」


「ヒッ!」


涙目で睨み返すと、ディセルが低い声で呟いた。恐怖に思わず後ずさると、強引に腕を掴まれ――手の平にハート型のチョコレートがポンと置かれた。


「これあげる。いつもいじめてごめんね?」


「え」


涙が引いた瞳で彼を見ると――いつものあくどい笑顔から一変、心からすまなそうな表情で謝罪してきた。


――何故疑問形・・・謝るなら最初からいじめないでよ!たかがチョコレート1つで清算されると思わないで!私の3か月の苦痛は、この程度じゃ・・・!


怒りが理性を支配し、逆に何も言えなくなる。ディセルはそんな私の心情を全く読まずに、今ここで食べろと命令してきた。


「ヒック!いや・・・今は」「食べて」「い、家ヒック!帰ってから・・・」「駄目。僕の目の前で食べて」


――えぇ・・・。


はっきり言ってとてもそんな気分じゃない。流石に捨てはしないけど、ディセルの目の前で食べる気は更々なかった。


「はぁ・・・仕方ないな」


ディセルは呆れたように溜息を吐き、諦めてくれた?と彼にチョコレートを返そうとしたのも束の間。


「5」


「へ?」


「4」


「ヒック!え?なに?」


「3」


突然カウントダウンがスタートし、数字が減る度にディセルの魔力が濃く黒いものへと変わっていく。


「2」


――えっえっ分かんない分かんない!


「1」


「んクッ・・・」「ゼ」「た、食べる!食べるから!」


ディセルの目が鋭さを増した瞬間、私は咄嗟にチョコレートを口の中に放り込み――舌で押し潰して嚥下した。その間1.5秒。味なんて分からなかった。


「・・・?ヒック!あ、あの・・・」


何故チョコレートをディセルの前で食べなければならなかったのか。そして何故彼の目は本気なのか。ツッコミたいところは山ほど出てくるが――その前に私の身体が異変を察知した。


「ゲホッ・・・ゲホ。ヒック!なに・・・これ」


――胸が痛い。身体が急に・・・熱い。ドキドキ。する・・・。


「ヒックちゃん。僕の目を見て」


「へ・・・」


――やっぱり腹立つくらいイケメン・・・。性格がクズじゃなければ完璧なのに。あと身長は・・・まぁ成長期か。


壁に背をつけた状態で、至近距離にいるディセルを見上げる。秀才で、実家はお金持ちで、クラスの人気者。そんな彼は――非常に端正な顔立ちをしていた。まさに非の打ち所がないイケメン。そういう所も嫌いだった。


「な、なんですか・・・ちょっと、っく。わ、私体調が良くない・・・」


「――ヒックちゃんの好きな人って誰?」


熱のこもる眼差しで、ディセルはそう問いかけた。

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