エピローグ『空井直冶は恋をする?』

第43話

政川の声が聞こえなくなって数分が経過した。俺は昨日から充電の切れたワイヤレスイヤフォンを外して、ケースにしまう。他に利用者がいないのをいいことに、頭を畳につけた。


「マジかよ・・・」


体中が熱い。政川が俺に好意を持っているのは薄々気がついていた。だから、彼女が嫌がらないのをいいことに近づいたわけだが。俺は寝ころんだままスマホを開き、『sou』をインストールする。データダウンロードの間、あの時のことが脳裏に浮かんでいた。




「直君。久しぶり。私のこと覚えてる?」


沼山先輩らしき人に声をかけられた瞬間、心臓が口から出るかと思った。だが、声が全く違うこと気づき、酷く狼狽する。


「その制服・・・まさか、アンタ」


「眼鏡の後輩君に言われてやっと分かったの。私は自分のことしか考えてなかったって」


あの時はごめんなさい。と平先輩は頭を下げた。


「・・・殊勝な心がけっすね。こっちは先輩のお陰で一生分のトラウマ背負いましたよ」


「だから反省して、改めて思いを伝えようと思って。ほら見て。私、大分沼本さんに近づいたと思わない?」


平先輩は縮毛矯正された髪をいじる。


「俺の好みの見た目になったら、付き合えると思ったんですか」


「うん。このくせ毛を直すのには時間がかかったけど、それで空井君が手に入るなら、ブリーチだって、ピアスだって開けてみせる。同じ高校に行くほど、好きなんでしょう。沼本さんのことが」


「・・・じゃねぇよ」


「え?」


「沼本先輩の見た目を好きになったんじゃねーよ!俺は、アンタのことが『占い』の次に嫌いだ。ってかキモい。生理的に無理だわ。ガチで」


俺は心の中で思っていたことをそのまま口に出した。


「消えてくれ。つーか俺も16になって一応『将来結婚する相手』見たけど、アンタはかすりもしてなかったし、沼本先輩でもなかったわ」


「・・・っそんな、どう、して・・・?」


「触んな。きしょいんだよ。その面もう2度と見たくねぇ」


平先輩は震える手で俺に触れようとするが、険しい表情のまま1歩後ろに下がる。俺を映していた瞳にはじわじわと涙が溜まり、完全に決壊する直前、平先輩は短くなったスカートを翻して走り出した。


陰から2人の女子高生が出てきて、1人は「すぅ!待って!」と言って平先輩を追いかけた。そしてもう1人。平先輩と同じ制服を着たボブヘアーの先輩らしき女性が怒りの形相で俺に食ってかかるのだった。




沼山先輩は変わった。ベビーカステラの屋台で政川が正影を見たときの表情は、以前コンビニで先輩を見た時の俺と同じものだったと思う。政川に出会ってしまった以上、もう今は、沼本先輩の質問に即答できる自信がない。


彼女のことを助けたのは、ほんの気まぐれだった。後ろ姿や仕草が何となく昔の沼山先輩に似ていた気がしたから声をかけたっていうキモい理由。


ダウンロードが完了する。1年半ぶりだったが、操作方法は変わっていなかった。俺は目当てのカテゴリを選択し、迷わず『占う』をタップした。


「はぁ・・・だっせ」


俺は勢いよく起き上がり、そのまま駆けだした。今一番会いたい政川と話すために。




『空井直冶 さんが将来結婚する相手は 20××年10月24日 現在、最も近くにいます。国籍は日本人、黒髪、身長154~156cm、血液型AB型、9月生まれの乙女座、右利き、知能指数上の中、長女、収集癖あり 年齢差0~1 の女性が将来あなたとの幸せを誓ってくれるでしょう』

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