第三十九話『空井直治は信じない』
第40話
その後は庄本君が空井君の異変を察知し、先輩から彼を引き剥がした。そして、未だに連絡先だけでもとしつこく食い下がる先輩に自分の番号を渡し、この場を収めたんだそう。
「私、まだ告白されたことないんだけど、こんな感じなの?あの、この前のとか」
「第三者がしゃしゃり出てくんのはだるいわ。でも、アレを超えるキモ告白はまだされてねーな」
「キモいはやめたげなよ・・・確かにサラッと空井君の個人情報織り交ぜてきたところにはゾクッとしたけど」
「あの時庄本がいなきゃ、俺はあの人に何してたか分かんねぇ。それくらい、正常な判断が出来てなかったのだけは覚えてる。俺の頭ん中は、もう1つのことしか考えてなかったからな」
私は黙って空井君を見つめる。彼は目を伏せたまま、庄本君が空井君を家まで送ってくれたと話した。
――悪い。
――駅から近いし。これくらい何でもないから。それより、今の空井を1人で歩かせることが危険ってくらい占わなくても分かるよ。頼むから、俺の目があるうちは歩道橋からダイブなんて真似止めろよ。
――庄本、俺。
――ん?この借りはでかいよ・・・いつか絶対返してもらうからなァ。
――俺、もう『占い』見んのやめるわ。
――はぁ!?
――もう、『占い』に振り回されんのは、疲れた。ガチで。
――おい、ちょっと待っ・・・。
「って言って、俺はDvitchを歩道橋の下に投げ捨てた」
「別のものダイブさせちゃってるー!」
「そっからだな。Dvitchを外して、『sou』もアンインストールして生活するようになったのは。親にはこうしないと死ぬって言ったら黙った。教師共には停学をほのめかされたが、今まで品行方正なのが幸いしたな。残りの中学生活、仮に不登校になっても卒業は出来るみたいだった」
「部活は」「一足先に引退した」
――それで今に至るって感じかー。
「『占い』の無い生活はどう?」
私はずっと聞きたかった質問をする。彼はむくりと起き上がり、憑き物が落ちたような顔で最高だなと答えた。
「誰かに勧めるつもりはないが」空井君は口の端を上げる。「案外、『占い』が無くても生きていけるぜ」
「そりゃそうだよ。幸せにはなり得ないってだけで」
時刻を見ると、間もなく7時を回ろうとしていた。いつもだったら、家を出る直前のタイミングだ。
「そろそろ行くか。ありがとな。長話に付き合ってくれて」
「こちらこそ!朝早くからありがとう!私で良ければ!いつでも付き合うよ」
「・・・それは、勉強と、相談だけか?」
「へうっ!?」
「冗談」
彼は笑って改札を出る。私は赤くなった顔を見られたくなくて、小走りで乗り場まで向かった。
――分かってたけど、かなり重い話だったな。あれが中3の春の話で、それから1年半・・・。平然と話せるくらいには、この出来事は消化できてるっぽかった。色々突っ込みたいところはあったけど。元カノとか名前呼びとか・・・あっ!平先輩とその後どうなったかって話も聞き逃した!
私は昨日今日で語られた空井君の過去を整理する。百面相してしまわないよう顔に力を入れなきゃ。
――高校に着くまで、空井君のことを考えることにしよう!着いたらテスト!
太陽は顔を出し、心地よい冷たさの風が頬を撫でる。ホームから見える空は、今日が秋晴れである兆しを見せていた。
「ただいま」
キッチンからお帰りという声が帰ってきた。
「翡翠、今日はありがとね」
カウンター越しにお礼を言う。
「・・・お姉ちゃん、何か隠してない?」
「え?」
「大丈夫だよね」
翡翠は手を止めて、私の目を見た。
「・・・大丈夫だよ。もう、皆を巻き込んでわがまま言ったりしない」
「だからって、1人で抱えこめって言ってるんじゃないからね」
――本当に妹なのかなこの子。実はお姉ちゃんなんじゃ。
「分かった。私お姉ちゃんだけど、翡翠に頼っていいの?」
「ママより先にひーに話して」
翡翠は電磁調理器の電源を切って、味噌汁をお椀によそい始めた。
――翡翠も、薄々感づいてる?早く、この恋をどうにかしなきゃ。片想いのままじゃ・・・。恋と占いは、両想いでなくちゃいけないんだ。先輩方のように、それに囚われすぎても相手を傷つけてしまう。けれど、分かってても、私は・・・空井君に想いを伝えたい。
私は鬱屈とした心情を、空元気の笑みで蓋をした。
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