第三十六話『夜明け前のときめき』

第37話

MCWAYを出てすぐ、駅前公園に向かおうとしていた私を、空井君は引き留めた。そこからのやり取りは、勢いに任せてのものだった。


「今日はもう帰れ」「やだ!無理!気になりすぎる!」「明日全部話す・・・って明日」「塾だよ!というかテストだし!」「最短で明後日だな」「いや・・・明日の、朝があるよ」「お前・・・正気か?」「明日駅前公園に17時ならぬ早朝5時!これならどう?」「パロるの早すぎんだろ・・・俺は朝起きんの慣れてっから良いけど」「なら決まり!やったー!」


一刻も早く続きを聴きたいがために、とんでもない口約束をしてしまったが、背に腹は代えられない。


――全部スッキリさせて、テストに挑むんだ。


私は着替えとやる気を胸に立ち上がる。


両親を不安にさせたくないからと翡翠に口止めし、その日は21時に就寝した。




5時8分。電車は時刻通り停車した。Chatで着いたと送りながら、階段を1段飛ばしで上る。


――こんな時間に富潟駅来たことないから、ちょっと新鮮。


「つ、い、た・・・っと!」


誰もいないホームの階段をテンション高めで上り切ると、視線の先に空井君がいた。


「・・・」


「・・・はよ。いや、外さみーし、改札出るの面倒だろ。だから・・・」


冷たく澄んだ空気が頬に刺さる。あぁ、もう冬が近い。朝練の経験がない私にとって、真っ暗の道を街灯の明かりを頼りに進んでいくというのは――。


「こんなとこでフリーズしてんじゃねぇ!」


空井君が私の手を引いて階段から遠ざける。


「人違いですぅぅぅ」


「分かった分かった」


空井君が連れてってくれた先には、私が運命の出会いを果たした休憩スペースがあった。


「あ、ここ・・・ってホアァッ!」


――ててて、手ぇ!?


恥部を見せたショックから戻ってきた瞬間、空井君の手を振りほどいた。


「そんな嫌かよ」


――ああぁ。空井君の顔がみるみる険しく!


「違違うビックリ!アタシビックリ!嫌じゃないごめんなさい!」


思わず反対の手で握られていた手を庇う。半泣きで謝っていると、ふっと空井君の相好が崩れた。


「・・・ぶはっ!何で片言なんだよ」


空井君はツボに入ったのか、暫く笑っていた。私もつられて笑顔になる。


――誤解が解けて良かった。やっぱり私、空井君のこと。


「好きだなー」


「は?」


「・・・っえ、笑顔!笑顔がね!?いつも険しい顔だから。いいね!って意味!」


「・・・そうか」


――やばい。空井君の顔見れない。


横を見ると空がまだ暗いため、窓に私たちの姿がはっきりと映っていた。空井君は私と逆の方を向いて、手で口を押えている。


――んん?


バッと正面を見ると、空井君がいつもの真顔で「座るか」と言った。


――あれ、気のせいかな。


畳のスクエアベンチに腰を下ろし、リュックを膝の上に置く。今更ながら、好きな人と2人きりというシチュエーションに心臓が高鳴り始めた。緊張を隠すようにリュックを強く握りしめる。


「ここもそんなあったかくねーな」


空井君はそう呟きながら茶色い缶を手渡してきた。


「え?ありがとう!もしかして、昨日の話に出てきた豚汁ってこれ?」


「あぁ。ガチでうまい」


――豚汁好きなのかな。


私はそっと口を近づけ、慎重に飲む。口に入った量がほんの少しだけでも、肉と野菜のうまみが味噌で溶け合って1つになるイメージが脳内再生された。


「あつい・・・けど、おいしーい!」


「正影には酷評されたけどな」


「そうなの!?分かるな・・・自分が好きなことを否定されるのは辛いよね。皆好き!なんてものはないって分かってるけど」


「地味に傷つく」


「それねー」


空井君は豚汁を脇に置いて、おもむろに口を開いた。


「――俺は駅前公園に着いてすぐ、先輩を探した。先輩の言う通り、その日は17時過ぎても雨がまあまあ降ってた。今ほどじゃないが、肌寒かったのを覚えてる。先輩は、長屋に座って俺を待ってた。遅れたことを詫びたら、小さく首を振って、開口一番」


――別れたい。

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