第三十五話『生殺し』

第36話

「全然心当たりなくて、電話も出てもらえなかった。『sou』は『もう会わない方がいい』の一点張り。俺だけ何が起きてんのかが分からなかった。


「その結果じゃ、スマホが壊れたとかじゃなさそうだね」


「毎日沼山先輩を『発見占い』にかけた。けど今日は駄目、無理、会えないばっかでもうその時から、『占い』を嫌いになりかけてた。今思えば、そんなの無視して会いに行けばよかったのにな」


空井君は小さく笑って腕を組む。私のお腹の痛みは、次第に引いていった。


――正直な体で嫌になる。


「家には行ったの?」


「最終手段で考えてたが、その必要はなかった」


私なりに先輩の心理を予想したけど、心当たりは1つしか残っていなかった。しかしその1つは考えうる限り最も最悪なもので、私の口からは冗談でも言うことができない。


「部活終わり、急に豚汁が飲みたくなって『sou』に寄り道するなって言われてたけど近くのコンビニまで行ったんだ。そこには知らない男と楽しそうに飲み物を選んでる、先輩がいた」


空井君は淡々と自分の過去を話す。当時のショックは計り知れないものだっただろうに。


「中学の時と大分印象は変わっていたが、笑顔は全く同じだったからすぐ分かった。驚きすぎて横で固まってたら、先輩が」


――久しぶり。『タロット』では今日なお君と会うなんて書いてなかったけど、どういうこと?


――先輩・・・。


――まぁ、その話も含めて明日駅前公園に17時。明日雨だから、その時間でも来れるよね。


――え、俺・・・。


――私はそこにいるから。じゃあね。


「って言って、飲み物買い終わった男と一緒に出てった」


「え、ええええ」


驚きすぎてコメントが出ない。


富潟西とがたにし・・・俺の中学の野球部は雨の日の部活は自由参加だったんだよ」


「え?富潟西?庄本君と同じ?」


「あぁ。そうかお前ら、同小出身か」


「そう・・・ってごめん。それで、先輩と話せたの?」


――思わず聞いちゃった。まさか隣の中学出身だったなんて・・・確かに、近いようで遠いところにいたんだなぁ。


「あぁ。けど、もう遅いから、続きは」


「え!?無理無理無理」


脊髄反射で首を横に振る。私の反応を予想していたのか、空井君は呆れた表情で荷物を鞄の中に入れ始めた。


「・・・分かったよ。混んできたから、一旦出よーぜ」




「ただいま!」


私が興奮冷めやらぬ思いでリビングのドアを開けると、翡翠ひすいが顔を上げた。


「おかえり・・・ってお姉ちゃんか」


リュックを置いて手洗いを済ませる。リビングに戻ると、ソファーからキッチンに移動した翡翠が夕飯の準備をしている。


「お母さん、今日も遅いね」


「そだねー。でも今日はお母さん夕ご飯いるって言ってたから、お姉ちゃん先風呂入りなよ」


「分かった。あ、明日私朝ご飯いらないから」


私は自分の部屋に向かう前、翡翠にそう伝えた。


「早く学校行くの?」


翡翠は意外そうに目をしばたたかせる。


「うん。4時半に出る」


「は!?」


毎朝中々起きてこない姉を叩き起こす(今日も起こしてもらった)妹にとって、今の反応は正しい。


――翡翠が瞠目するのも無理ないよね。でも、お姉ちゃんはやらねばならないのです。4時に起きて、始発の電車に乗って富潟駅に行かなければ。


「・・・勉強?『sou』?」


「あーーうん。家より学校がいいんだって」


「今までそんな結果出たことなかったのに・・・?でも、まぁ『sou』がいうなら・・・」


察しの良い妹は、勝手に納得してくれたみたいだった。私は逃げるように自室に入り、お風呂の支度をする。


――ごめんね。『sou』、翡翠、私嘘つきだ。

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