第二十八話『空井君が聞きたいこと』

第29話

「直治のこと知りたいんじゃなかったの」


その言葉でようやく、私が空気を読めていなかったことに気づいた。


「ああー!空井君が、私の相手かどうか確かめるために譲ってくれたんだ!」


ポンと手のひらに拳を置くと「古っ。だっさ」と一蹴された。


「折角の気遣い、無下にしちゃってごめん」


「いいけど」と言って風蘭ちゃんはセルフレジの方を見る。つられて見ると、空井君が商品のバーコードをスキャンしていた。


「アタシが帰る前に、ちゃんと確かめなさいよ。まだ、直治が紫水にとって『将来結婚する相手』かどうか決まったわけじゃないんだから」


まるで、私の相手が空井君であってほしくないような口ぶりに違和感を覚える。


――それはひとまず置いておくとして。


「えっ。帰っちゃうの」


私は目をしばたたかせる。


「アタシが負けたら帰るってルールじゃない」


「そ、っか・・・」


――久しぶりに、一緒に帰りたかったな。


「・・・」


「・・・ほらよ」


「おかえりなさい!ありがとう」


風蘭ちゃんが絶句したタイミングで空井君が帰ってきた。早速買ってきてくれたお菓子を開封していると、私の肩に何かが触れた。


――はぎゃーーー!ち、近い!


叫びだしそうになったのをなんとか堪え、隣を見る。空井君は私の真横に移動し、風蘭ちゃんそっちのけで英語表現のワークを開いた。


「アタシがいるのにイチャつくのやめなさいよ!」


「政川、やるぞ」


「えええ」


どうやら、2回戦は私と空井君で行うらしい。


「アタシずっとこのままだけどいいの?」もしかして、と風蘭ちゃんはチェシャ猫のように笑う。


「連敗が怖いとか?」


「言ってろ。俺は政川に聞きたいことがある」


「何でも答えるけど?」


「今は雑談じゃなくて勉強の時間だろ」


「んん」


――徹底してる。流石勉強仲間。


「じゃあ始めるよ。はい」


「待て待ってまてって」


空井君と1冊のワークを共有しながら問題を解く・・・高校が違う者同士じゃ起こることのないシチュエーションが今、実現してしまった。こんな美味しい状況の中、問題に集中できるはずもなく――英文を見つめたまま、10分が経過した。


「――はい。2人共全問正解だけど・・・直治の勝ちね」


「こんだけ時間かけんなら当然だけどな」


「んんんん」


――分かってない!空井君それはいろんな人を敵に回す問題発言だよ!


「30分もかかるとか。本番コレだと間に合わないよ」


「いや、でも、体感15分くらいで解いたし」


「最初15分くらい固まってたのは何だったんだよ。英文読むの遅すぎ」


私の思考を放棄させた原因となった彼は、先程とほぼ同じ時間で解き終わっていた。


「紫水の言いたいことは分かるわ」


風蘭ちゃんがしたり顔で頷く。


――まさか、距離が近いから集中できなかったこと、分かっててくれたの!?


私は風蘭ちゃんに羨望のまなざしを向けると、彼女はビスケットを一瞥してから口の中に入れる。


「ふら・・・」


「『富潟中と環里じゃレベルが違いすぎるって!それに全部正解してるだけ凄いと思うんだけど!』でしょ?」


――違うううう。いや間違ってないけどー!


「勝ちは勝ちだ」


「分かった・・・分かったから、もう少し離れて・・・あとワークありがと」


――こ、これ以上は何かが爆発しちゃう。


「政川は、前からこんな感じなのか。見た目も、性格も」


空井君から離れるためこっそり椅子ごとずらしていると、意図が読めない質問が飛んできた。

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