第二十四話『悩み多き思春期』

第25話

――はぐああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!は、鼻血出る!鼻水と一緒に出ちゃう!


「赤けぇぞ」


「え、ええぇ!?」


――もしかしてもう出てた・・・!?


「目。ちょっと充血してる」


――そ、そっちか!危な!


私は空井君に背を向け、極力静かに鼻をかんだ。まだ鼻血は出てなかった。


「マスクは」


「耳痛くなったから捨てちゃった」


「アホか。花粉症舐めんな」


「だって『占い』ではお昼には治るってー!」書いてあったから!


私はごみをまとめ、おにぎりを入れていた巾着袋の中にしまう。ついでに塾のテキストもリュックに戻そうとしたが、いつの間にか空井君の手に渡っていた。


「あ」


「『富潟ゼミナール専用テキスト 数Ⅰ 数A』・・・これから?」


「うん。今日は塾の日」


空井君は黙ってパラパラとテキストをめくる。殴り書きの字を見て引かれないか不安だったけど、一通り見て満足したのか、何も言わず返してくれた。


「空井君は数学得意?」


「別に・・・普通だな」


「そっか。私はあんまし好きじゃなくて。やっぱ富潟中はテスト範囲広いの?」


「そうでもねーよ」


――どうしよう。会話繋げられる自信がない。『占い』・・・は駄目だ。NGなんだった。


焦って空井君の顔色を窺うと、彼の顔は僅かに――愁いを帯びているかのように見えた。


「空井君・・・何かあった?」


「何でそんなこと聞くんだよ」


彼は長い足を組み、私の目を見る。


「んん・・・疲れてるのかなって、勝手に思っただけ」


――『悲しいことでもあったの?』と迷ったけど、大丈夫かな。


ビクビクしながら反応を待つ。不快にさせたらすぐに謝ろうと身構えていると、空井君が大きなため息を吐いた。


「体育祭だるかっただけ」


口がえの形に開く。


――私はそんなビックイベントの日にテストの話なんかして!現実に戻すの早すぎでしょ!


「ごめん!余韻に浸ってたいよね!テストもっ、青春っちゃ青春だけど、今じゃないよね!ごめん勉強のこと思い出させちゃって」


「いーよ。てか、ねーよ余韻なんて。」


「あれ、でもリレー見るのとか楽しくない?」


「『占い』で結果がほぼ決まってるのに、見る必要なんてねーだろ」


「んん・・・まぁ、張り合いはないかもね」


『占い』はいわば『予言』のようなものなので、自分が出る種目でどれだけの成績を収められるのか、自チームの最終結果なども手に取るように分かる。だから体育祭に勝ち負けはない。あっても生徒たちの意識向上の妨げになってしまう。私達にとって体育祭とは、『勝ち負けを気にしなくていい、体育の延長戦』だ。


「話し戻すけど」


「うん」


「お前は・・・」


「?」


「俺のこと、頭いいって言わないんだな」


彼の神妙な面持ちは、これが真面目な話だということを物語っていた。


「んん・・・何でそんなこと聞くの?」


図らずもお返ししてしまった。空井君は真顔のまま続ける。


「この制服着てるだけで寄って来る女、結構いんだよ」


「えーあーそうだね。頭良いに越したことはないし・・・富潟中なんて秀才の象徴みたいなものだから」


県内一位の偏差値を誇る富潟中央高校の制服は、その人の学力が高いことを示す身分証の役割を担っている。ここ富潟県に住む『将来結婚する人』の知能指数が非常に高いと表示されていた場合、私達高校生の誰もが富潟中の生徒に焦点を置くはずだ。


「政川はどうなんだ」


「私も・・・勉強は大事だと思う。将来絶対役立つし。庄本君は富潟中の学生になりたいから受験したらしいけど、この制服は・・・着てて誇らしさを感じる人もいれば、見た目だけで判断する人が寄って来るとか、色んな要因がくっついて煩わしいって思う人もいるよね」


「俺は完全に後者だな」


空井君はシャツの胸ポケットに縫い留められた校章をつまむ。


――きっと、体育祭で疲れた以外のことが起こったんだ。今すぐ全部を聞くことは難しいかもしれない。だから・・・。


私は意を決して彼の目を見る。


「――良かったら、一緒にテスト勉強しない?」


これは私が初めて『占い』に頼らず、誰かを誘った瞬間だった。

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