第二十話『交錯』

第21話

風蘭の彼氏、庄本ソウタは黙ってその場を去ろうとした直治を呼び止めた。しかし、直治は構わず歩き続ける。まるで庄本が言おうとしている言葉を察しているかのようだった。


「あまり勝手なことするなよ」


「違・・・!これはア、私が」


「分かってる]


――お前は俺が『怖い』んだもんな。


校内アナウンスが文化祭の終わりを知らせてくる。じきに後夜祭が始まるだろう。各々が体育館に向かう中、直治は参加しようか迷っていた。どうせ自分1人いなくなったところで誰も追及なんてしない。


――細倉あたりは『片付けまでが文化祭だろうが!』って目くじら立てるだろうが。


直治は溜息をつき、生徒の流れに乗ろうとして――ある女子生徒を視界に捉えた。その瞬間、踵を返して逆走した。そのまま自分の教室に着くと、緊張の糸が切れたのか、その場に蹲る。


「俺は・・・間違ってない。『占い』を信じなくても、何も問題ない。『占い』なんて必要ない」


無人の教室で彼の言葉に呼応するかのように『Chat』の通知音が鳴る。直治はスマホを見て、小さく笑う。深かった眉間のシワが少しだけ緩和していた。



20時39分


福本香音は明日提出の課題に取り組んでいた。普段は休憩を挟んでゆっくり埋めていくが、今日だけは違う。


――終わったらベビーカステラ。あともうちょっとでベビーカステラ。ベビーカステラ・・・。


苦手な古文を一気に終わらせ、プリントをクリアファイルにしまう。これで忘れたら笑い話じゃ済まない。ようやく紫水からもらったベビーカステラを食べようと袋を開けると、ノック無しで弟が入ってきた。


「香音電話」


「そのまま無言電話にして。あとノック」


「『無言電話』の発音で言ったのとノックしなかったのは謝らないけど、ここ置いとくから」


そう言って彼は扉に一番近い棚の上にスマホを置いた。


弟が出ていっても尚、スマホは鳴り続けている。ここまでしつこいのは恐らく、と相手が誰なのか推理しつつ電話に出る。


「もしもし香音」「おかけになった電話番号は現在使われておりません」「おい」「御用の方は私がベビーカステラを食べ終えるまでそのままお待ちください」


そのまま切ろうとスマホを耳から離すと「切んな!大事な話なんだよ!」と珍しく焦った声が聞こえた。


「…千?」


「ウチの気も知らないで呑気なもんだ」


「ふもふも」


「もう食いながらでいいから・・・いいか、この話は紫水に言うな」


「言うな?」


香音は千田沙穂の命令口調に苛立ちが湧く。


「言わない方がいいと思う。その判断は香音に任せる。あのな、昨日はぎゃ男・・・空井直治か。そいつを『タロット』で占った」


「『タロット』・・・」


『タロット』は氏名を登録すれば、対象者をある程度『占う』ことができる。家族や大切な人、ものについての『占い』を共有したいと考える人は『タロット』を契約している。どうやら沙穂は空井直治と政川紫水の相性を占ったらしい。


「表示されないんだ」


「・・・え?」


「入力しても、エラーが出てやり直せって出る」


「『タロット』の不具合とか?」


「香音と平の相性は問題なく占えた。念のためウチの親とかでもやったけど大丈夫だった」


平とは香音の彼氏の名である。勝手にテスト感覚で占われたことは一旦置いておくことにして、香音は続きを促した。


「紫水とウチ達でも、クラスにいる適当な男子入力しても普通に結果が出た。だけど」


秒針の音がやけに大きく聞こえる。香音は唾を飲み込んだ。


「だけどな、空井直治との『占い』は誰に当てはめても無理だった。占えなかったんだ」


香音は数秒の間、言葉の意味を理解することが出来なかった。

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