第十二話『ラブ&ベビーカステラブ』

第13話

「え!?わちゃアニ好きなの?オレもオレも!」


私は自分の前髪を指差して言うと、細倉(多分この漢字)君は元気に笑いかけてきた。


「私もカモノハシ持ってる!」


「でもオレさータスマニアンデビルの方が痛ってぇ!」


背後に回った空井君が細倉君の後頭部を片手で掴んでいる。細倉君は口では痛いと連呼しているけど、抵抗は弱い。


――このくだり、日常茶飯事なのかな。


「細倉・・・早く代われ」


空井君は高1らしからぬドスの効いた声で命令した。ちょっと、いや大分頭にキているように見えるのは、気のせいじゃない、な。多分詳しくない話題で置いてけぼりにしちゃったからだ。後で謝ろう。


「なんだよ急にいなくなったクセに!」


「政川も。あんまコイツに関わんな」


「んん」


――フレンドリーでいい人だと思うけど、それは『占い』の相性次第かな・・・。


真面目に答えようか迷っていると、細倉君が勝手に暴露し始める。


「コイツ準備全然手伝わないでさっさと帰りやがってさ!今日はほぼ店番なんだよ」


「えっ」


空井君を見ると、どう見ても接客には向いていない顔をしている。この眉間のシワさえ無くなればちょっとだけ良くなるのに。


「俺がやんなくても完成してんだからいいだろ」


――それは聞き捨てならない!


「空井君にしかできないことだってあるよ。私、空井君が作ったベビーカステラ食べたい!」


「・・・おぅ」


私は上機嫌でメニューを見る。これなら服も汚れないし。安心安心。


「ふーん。最近直治の機嫌が妙に良かったのはコレか・・・」


ベビーカステラを選んでいた私は、細倉君の意味深な笑みに気づかなかった。



『1-E ラブ&ベビーカステラブ』はまずまずの盛況だった。このうすら寒いネーミングセンスは風蘭ちゃんの案な気がする。何故なら風蘭ちゃん家で飼っている猫の名前が『アンド』と『チョコレート』だから。言葉遊びが好きなところは昔のままみたい。


――ウインナーや激辛味みたいな甘くないフレーバーもあるけど、ピークはおやつ時かな。


「こしあんの6個入りですね!200円お願いします」


「お待たせしました。こちらプレーンと、ホワイトチョコ6個入りです!」


「全種類2個ずつですね!ありがとうございます!」


引継ぎを終えた細倉君は後頼む!と言って、人ごみに消えていった。


私は自分用と家族とかんちゃんの分のベビーカステラを買い、ちょうど屋台の裏にあったベンチに腰かけた。


愛しの空井君はというと、デニム生地のエプロンと同系色の三角巾をつけ、正確かつスピーディーに生地をひっくり返していく。


空井君好きな人が働いている姿を眺めながら空井君好きな人が作ったチョコ味のベビーカステラをつまめるなんて、こんな幸せな休日があるだろうか・・・いや、ない。


――料理系、いや職人系男子・・・?かっこいい・・・。っていけない!見とれすぎて真中祭終わりましたーとかになったら洒落にならないよ。


私は改めて今日遂行すべきミッションを確認する。


――まず、風蘭ちゃんに会って仲直りする。次に空井君のこと沢山聞いて、彼が未来の旦那様なのか確かめたい。


『恋愛占い』のスクショを開く。見た目はもの凄くタイプだけど、人は見た目じゃない。『占い』の項目に1つでも当てはまらなければ、残念だけど私と空井君は結ばれる運命ではないということになる。


――仮に恋人になれなかったとしても、私は空井君のこと、友達としてでもいいから好きになりたい。


「――どうだ」


「ん?」


私はスマホから目を離すと、空井君の目はどこか不安げに揺れていた。


「・・・味」


「ん!めちゃ美味しいよ!ふんわりしっとり生地にチョコがとろーって!やっぱ出来たてってサイコーだよね」


「そうか」


彼は一瞬嬉しそうな顔をしたがすぐ真顔に戻る。


「空井君って、普段からあまり笑わないタイプ?」


「何だよ急に」


「んん」


――どうしよう。『空井君ってクラスメイトに怖がられてるの?』なんて聞けない。

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