第25話 視点が変われば


 魔王曰く。

 世界は汚濁している。

 汚れた泥の中から汚れの漂う地上に這い出して、まず求めるのは綺麗なもの。


 綺麗なものが見たい。


 この世界のものは皆汚れて汚いから、掃除をして綺麗にしなくてはならない。

 同じ世界を見ている者たちが集まって、魔王は生まれたときから掃除をしている。世界を綺麗にするのが、汚泥から生まれた魔王の役目。

 ゴミを纏めてぽいする。

 不思議なことにゴミは掃いても吹いても焼いても潰しても増える。時々ゴミが同じ世界を見るようになったりしたが、だいたいのゴミはゴミのままだった。

 だから綺麗にしてもすぐ汚れる。

 生まれ故郷の汚泥はどんどん規模を拡大し、世界は掃除しても一向に綺麗にならない。


 綺麗なものが見たい。


 魔王が不貞腐れて願う頃。

 汚れきった世界を切り裂いて、綺麗な光が落っこちてくる。

 それはこの世界の理からズレた存在で、この世界の汚れをものともしない存在。

 世界中の誰よりも綺麗で、世界中の誰よりも魔王に近い。同じ世界を見ている者たちより、魔王に近い。


 それをゴミ達は、勇者と呼んだ。

 世界存続のために召喚した、勇者。

 異世界から呼んだ、魔王と対を成す存在。

 魔王のために呼ばれた存在。


 ――――つまり勇者とは、誰よりも何よりも、魔王を優先する存在である。


「どうしてそうなった」

「魔王様が世界を救う存在だからですね」


 花畑のベンチはティーテーブルを囲む椅子に変化していた。

 落ち着いた表情で語りながらワイングラスに紫色の液体をなみなみと注いでいくラスボス。零れ落ちないギリギリを攻めている。

 表面張力に挑戦する学生みたいなことするじゃん。


 私の前には格式高そうなアフタヌーンティーのセットが置かれている。しかし並んでいるのはサンドイッチやケーキじゃなくて、キラキラ輝く夜空の砂糖菓子。夕暮れのジュース。朝を告げる鶏のリアルなチョコ。前半おしゃれだったのに後半どうした。

 ちなみに真横に小さなハンマーがあるからこれで砕いて食べろってことだと思う。


 こんなアフタヌーンティー知らねぇ。本場のも知らねぇけど。


「人間達は勘違いしていますが、魔王様は世界を脅かす存在ではありません」


 最後の一滴まで表面張力が保てるか挑戦しながらラスボスの語りは続く。

 みーちゃんとまおちゃんはかけっこから花を摘む作業に移行したらしく、無言でせっせと花を摘んでいる。集中しているのか、頭より尻が高くなっている。花畑の合間から見えるのは頭じゃなくて尻だ。

 どうしてそうなったと眺めていたら、草むしりのように根元から引っこ抜いているからだった。私の知っている花摘みと違う。


「淀みから生まれた魔王が生まれたから世界の危機…ではなく、世界が存続の危機を感じて救済装置を作り出した。その存在が魔王なのです」

「淀みでできているって聞いたけど」

「淀みから生まれるのと、淀みでできているのでは意味が違いますね」


 なんか違うのか?

 私には同じに聞こえたけど、意味は違うらしい。


 わからないと正直に伝えたのに愚か者を見る哀れみの目をされたので、ハンマーで鶏のチョコを砕いた。表面張力に挑戦していたグラスは振動で液体をこぼす。ラスボスが短い悲鳴を上げた。


「で? 魔王が世界を救うなら、なんで勇者が必要になるわけ? さっきのも正直意味わかんないんだけど」

「容赦がない…容赦がないですこの娘。これこそ悪の所業では? 私が保ってきた美しき均衡が…」

「早く説明しろよ」

「やめてっ叩かないで!」


 失礼な。私が叩いているのはラスボスではなく鶏チョコだ。

 湯煎に最適なサイズまで細かく砕いているだけだ。他意はない。もちろん嘘だけど。

 ぐすぐす嘆きながら、ラスボスはこぼれた液体を魔法でグラスに戻して口に含んだ。テーブルにぶちまけた液体だけど気にならないらしい。

 衛生観念の合わない相手って友達としてでも無理だな。


「とにかく勇者は魔王のためにある存在なのです。その魔王様が求めるのだからすぐ来ればいいのに。すぐに来ないからいつもいつも魔王様が夢を介して赴くことに…」

「いつもって、勇者への精神攻撃だろ。親しくなっておいて最後に裏切るとか悪の化身じゃん」

「裏切りなんて! 魔王様は友愛を示していただけです。悪の化身など言い出したのは人間ですし勇者に魔王を倒すよう唆すのも人間です。魔王様は勇者に対してこれほど友好的なのに! いつも勇者は人間を選ぶ。お労しや魔王様。本能が赴くままに仲良くしていただけなのにいつも親愛を斬り捨てられる…」


 およよ、と目元を覆って泣き真似をするラスボスがわざとらしすぎて白ける。


「そもそも勇者って、世界を救うために魔王を倒す存在でしょ?」

「まさか! 勇者は別に、絶対必要というわけではありません。人間達が勝手に呼んでいるだけで、勇者がいなくても世界は救われます。魔王様がいるので」

「は?」


 おい聞いている話と随分違うな。


 どちらが正しいのか知らないが、みーちゃんを勇者にしたくない私はこっちの話を信じたい。信じるならやっぱりあいつら皆敵ということになる。

 やっぱり私は騙されていたのだと不快感が胸を過るが、ラスボスの続けた言葉にちょっとわからなくなった。


「世界は救われますが、人間の八割は死にます」

「は?」

「ゴミですので」


 ふざけた言動が目立つのに、男の目はどこまでも真っさらだった。

 細目でよく見えないけど。


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