第24話 まおちゃんとぼっすん


 こいつがしていた子守がどれだけ的外れなことだったのかを八つ当たりも兼ねて辛口で暴言に近い私的をした結果。


「わたしだって必死だったんですよ…!」


 泣いた。

 顔を覆って身体を丸めてわっと泣いた。


「まさか今代の魔王様が身も心も幼児だなんて、思うわけないじゃないですか…!」


 どうやらこいつもこいつで、今まで何の知識もなくワンオペで幼児の世話をしていたらしい。

 普通の幼児だったら命の危機かもしれない危ないお世話も、幼児が魔王故に頑丈すぎてなんとかなってきたようだ。

 あの飴玉も初めてじゃなかったらしい。


「大人しくなるので、むしろ正しいことかと…」

「ちゃんと舐めてたってこと?」

「口に含んだままジタバタしてはいましたが、声も出さず大人しく…」

「殺し掛けてんだよそれは!!」


 それ絶対喉に詰まらせてる!!

 魔王って無敵の存在とばかり思っていたけど、世話係のうっかりで死にかけるくらいか弱い幼児だ。魔王だけど。


 そう、まおちゃんは魔王。

 ガチで、魔王だった。


 名前はないらしく、魔王と名乗ったところみーちゃんが「じゃあまおちゃん」と命名したらしい。

 …命名、みーちゃんかよ。勇者が魔王のあだ名を命名とか、仲良しじゃねーか。


「そして私はぼっすんこと魔王様の部下、ラスボスと申します」

「下剋上する気しかねぇじゃねーか!」

「なんのことですか?」


 魔王の部下がラスボスとか!

 最終盤面の裏切りをネタバレしているみたいな文章になっている。


 本当に部下だろうな。最後裏切ったりしないだろうなこのラスボス。ワンオペのやらかしが本当にやらかしだったのか悩むぞ。

 しかしほっとした顔で遊び回るまおちゃんを眺めているので、一応まおちゃんの保護者役ってことだけ信じてやろう。


「…その、魔王と部下がここで何してんの」


 何故、魔王と勇者がこうして仲良く遊んでいるのか。

 そもそもここは一体どこなのか。


 私にはわからないことだらけで、正直思考は置き去りで。とにかく、目の前の問題を叩き潰すことしか考えられなかった。

 しかし改めて考えると。


「ここ、どこよ」


 見覚えのない花畑。直前に刻まれた傷は消えて、豪華で広いのに息の詰まるあの場所じゃない場所にいる。

 あのあと、何がどうなったのか、私だけが知らない。


(私がどうなっているのかとか、現実を見たら病みそう)


 身体を裂かれる感触が氷塊のように滑り落ちていく。


 腕を組んで誤魔化して、私はラスボスが具現化したベンチに体育座りした。

 子守についての八つ当たりは正直子供にお見せできない構図になっていたが、めそめそするのも落ち着いてから立ち話もなんだしと出現したベンチ。

 出されたベンチは公園で見るような鉄組と木製のものだ。花畑の雰囲気から逸脱しない範囲のそれは、最初からあったみたいに溶け込んでいる。子供用のベッドはいつの間にかない。

 子供達は飽きもせず、きゃっきゃと走り回っている。


 その様子はとても平和なのに、あの幼児が敵対しているはずの魔王と勇者って何の冗談?


「ここは、勇者の作り上げた精神世界。詰まるところ勇者の夢の中です」

「は?」

「魔王様は勇者と限りなく近い別物ですので、その気になれば夢を通してコンタクト可能です。昔から夢を通して勇者と交流を重ね友愛を育み、最終的に現実で対面し魔王だと明かすことで勇者を絶望に突き落としていたと聞きます」

「帰れ」


 とんでもねぇ暴露をされた。

 みーちゃんにトラウマ植え付ける気なら帰れ。


「誤解しないでください悪いのは勇者なのです。召喚されたのにすぐ魔王様の元を訪れない勇者が悪いのです。魔王様は勇者が少しでも早く魔王様の膝元へ辿り着けるようお手伝いなさっていただけです」


 よくわからねぇこと抜かしやがる。

 隣に座っているラスボスを蹴り落とそうと試みるが、体格差がありすぎてびくともしない。逆に私のほうが押し出されそうになって慌てて背もたれを掴んだ。


「今回だって、召喚されたのはすぐにわかったのに全然出発しないから。落雷で元気なのは把握していたのに、二回も同じところに落雷するなんて…全く移動していないということではありませんか。魔王様おこです。会いに来ない勇者に対しておこです」

「なに言ってんの」

「おこな魔王様、癇癪を起こして何度も洪水を起こしましたがそちらの怠慢なので恨まないでください」

「なに言ってんの」


 こいつもこいつで規模がおかしいし傲慢野郎だな。

 雷だけじゃなくて洪水まで起こすのか魔王。確かに災害があったと騒いでいたし、嘘ではないのだろう。マナの不足で起きたのかと思ったら魔王の癇癪だったとか、より魔王に対して恐怖心とか募らせるだけでしょ。さすがにわかる。


「だというのに、勇者は精神世界に閉じ籠もって本格的に籠城…」


 ラスボスは憂いの表情で嘆息した。

 その顔、イラッとくるな。


「魔王様はおこだったので、直談判に来ました」

「は?」

「だから、直談判に来たのです。勇者に」

「は?」

「【なんですぐ遊びに来てくれないの】と」

「――――は?」


 は?


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