第23話 ガキはガキ
たとえ魔王と呼ばれ、存在が不吉で雷を呼ぶような危険なガキでもガキはガキ。
悪意なきうっかりで窒息死など見過ごすことはできない。
(私も子育て知識ほぼないけどこいつも壊滅的だなぁ!! この世界って勇者の話は浸透しまくってるのに他の情報規制でもされてんの!?)
いや、情報社会の現代だって、子育てでしちゃいけないこととか苦労話とか、興味があって調べないとわからないままだけど。結局は妊娠してからじゃないと、必要になってからじゃないと調べないのはどこの世界でも一緒か。調べる難易度は確実にこっちの世界のほうが高いけど。
私に怒鳴られて呆然としている男は役立たずだ。頼りにならねぇ。私はみーちゃんを抱え直して、その両耳を塞いだ。もぎゅもぎゅ抵抗しているけど、ぎゅっと押さえ込んだ。
そして腹の底から怒鳴った。
「泣き虫はみーちゃんと遊べねーぞ!!」
「!?」
泣き喚いていたガキはがぁんと衝撃を受けた顔で私を見た。
呆然としている男の口がカパッと開いた。
耳を塞がれたみーちゃんはきょとんとしている。
涙に濡れたガキの口が、ふぐぐっと戦慄く。
「あ、あしょ…ぶも…!」
ボロボロ泣きながら訴えるガキに、私は再び大きな声で叫んだ。
「泣いてたら遊べねーぞ!」
がぁんっと再び衝撃を受けた顔をするガキ。
「あ、あしょべうも…!」
「遊びてーのか!」
「しょびてーもっ!!」
「なら泣いてんじゃねーよ遊べねーだろ!!」
ふぐっとガキの丸っこい頬が揺れた。
ひっくり返った亀のように手足をばたつかせていたガキが、コロリとうつ伏せに寝転がる。両手足をシーツの上について尻を高く上げ、ぐいぐい揺らしながら起き上がった。
起き上がったガキは、ふん! と鼻息荒く、涙目で私を睨みあげてくる。
「みーちゃんとっあしょぶもっ!」
ベッドの上で仁王立ちした。
ぷるぷる震えながら小さな口をきゅっと引き結ぶガキ。
雷は止んでいた。
じっとその様子を観察して、暫く待っても放電しないことを確認。
そこでやっと、私はみーちゃんの耳から手を退けた。
「…みーちゃん、こいつと遊ぶ?」
「? まおちゃん」
耳を塞がれていたみーちゃんは私の質問に不思議そうに首を傾げ、ベッドの上で仁王立ちするガキ…まおちゃんを振り返る。
ギャン泣きが落ち着いてすっかり目が覚めたみーちゃんと、涙目で見上げてくるまおちゃんの丸い目がぱっちりぶつかる。
「まおちゃん、みーちゃんと遊ぶの?」
「あしょぶ!」
「いーよぉ」
「!!」
あっさり了承のお返事が飛んできて、まおちゃんはぱぁっと喜色満面となり。
春空に虹が架かり色とりどりの蝶が飛び回りやけに野太い鳥が歓声を上げた。
おい最後。
ガキはぴょんっと跳ねてベッドから下りた。着地した危なげなさから、運動能力は高そうだ。そのまますたたたっと足早に私の足元までやって来て、ぴょんぴょん跳ねる。落ち着けガキ。足元で花が咲き乱れてんのなんなの。ピンクとオレンジの可愛い花咲かせやがって。どゆこと。
私は警戒しながらみーちゃんを花畑に下ろした。みーちゃんは全く警戒せず、自分と同じ背丈のまおちゃんの手を握る。
そのまま二人は人の言語を忘れてきゃーっと歓声を上げながら花畑を駆け回りだした。
手の平にスイッチでも付いてたのか。あっという間にハイテンションになったんだけど。
その高い声に既視感を覚え、思い出す。
(…さっき聞こえた子供の声、これか)
目を覚まして聞こえた、子供達の声。
どうやらそれは、みーちゃんとまおちゃんの歓声だったらしい。
つまり、私の意識がない間、子供達はたくさん遊んでいたということ。
もしかしなくても、子供同士は仲良しで、警戒する必要はない…?
(私が警戒するべきなのはこっちか)
この、放心している男。
(…警戒するのが馬鹿らしくなるくらいあほ面しやがって…)
ちょっと、いい加減長い。
どれだけ衝撃的だったのか知らないが、正気に返るのを待ってやるほど、私は親切ではない。
「おい、ツラ貸せよ」
「ワァ…」
低身長だから少しでも背が高く見えるように選んだ、ヒールの高いブーツ。
私に転ばされた体勢のまま…つまり尻を突いて呆然としている男の膝に、丸っこい靴の爪先を乗せた。ヒールに体重をかけて身を乗り出し、呆然としている男を下から睨むように顎をしゃくった。
男は呆然としたまま、小さい生き物みたいな泣き声を上げる。ふざけんな。でかい図体と態度の生き物の癖して弱い擬態してんじゃねーよ。
警戒対象だが、まともに話せるのはこいつだけ。
現状の把握ができるまで逃がさねぇからな。
あと、幼児を相手するための知識も話し合おうか。
これ、かなり大事だぞ。
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