第26話 本当はどっち?


 人間はゴミと断言する、見た目人間のラスボス。


「…アンタは、人間じゃないの」

「私は元人間ですが、今は魔王様と同じ世界を見る者です。人間達には魔族と呼ばれています」


 魔王と一緒にいて雷が直撃しても生きているから人間ではないと思っていたが、元人間とは思わなかった。

 ぎょっとしてラスボスを凝視すると、彼はふっと哀愁に満ちた表情を浮かべた。


「世界の淀みの影響で、マナではなく淀みの持つ世界の残りカスのような力に影響を受ける生き物がいます。その多くは理性のない獣ですが、時々私のように人の身体に塵が積もって影響を受けることがあるのです」


 ラスボスはそのタイプの人間で、元々は人より魔法が苦手な一般市民だったという。

 しかし世界にマナが不足すると淀みから得る影響は強くなり、いつの間にか力の強弱は逆転し、彼は誰よりも強くなり…人間として外側の存在となり、世界の理を知った。


「マナは循環するエネルギー。自然エネルギーですから、それは全く問題ありません。そのエネルギーが不純物を生み出すようになったのは、人間が魔法を生み出し生活に活用するようになったから」


 マナを利用して魔法を使う。

 魔法を使えば、その残滓が世界に溜まっていく。


「人が居なければ世界は綺麗なままでした。ゴミを増やすだけ増やして我が物顔で増え続ける人間は、ゴミと変わりありません」

「アンタも魔法使ってるじゃん」

「――はい私もゴミです」


 元人間と告白し、人間をゴミと言い切るので「私は違います」とか言い出すのかと思えば、私の指摘にラスボスは膝を抱えて丸まった。

 こいつの情緒わからねぇ。


「ふふ、ちなみにこちらとあちらでは内臓からして作りが違うので、勇者がマナを生み出し利用することはできません。勇者はそもそも作りが魔王と同じなので、体内のマナではなく淀みの力を活用しています。人間達はその違いがわからず、世界を守るヒーローと考えていますが…召喚のためにマナを大量に消費しますし、正直呼ばずに滅びたほうが世界に優しいと考えていますよ。私は」


 内臓からして作りが違う。

 その言葉は初めて聞いたはずなのに、何故か嬉しそうな魔法使いの言葉で再生された。


(…はじめてじゃない? アイツそんなこと、言っていたっけ)


 私の腹を裂きながら、ハイテンションだったのは覚えている。


(形が違うとか、配置が違うとか、マナヲウミダスキカンガナイとかを…嬉しげに言っていたような、気が)


 ぐるぐると記憶が蘇る。

 腹は裂けていないのに、内臓に空気が触れる冷たさを感じた気がして、私も椅子の上で膝を抱えた。


(話を聞いても魔王がどういう存在なのかよくわかんないけど…取り敢えず、絶対倒さなくちゃいけない敵って訳ではなさそう)


 すべてを信じられる訳ではない。

 人間側と齟齬が酷すぎて、魔王の存在をどう受け入れればいいのかわからない。

 だけどまおちゃんはただみーちゃんと遊びたいだけのように見える。世界のお掃除なんてしているように見えない。

 こんな場所まで乗り込んで、なんで遊びに来てくれないのなんて直談判にくるようなガキだ。よくわからないが、みーちゃんに対する好感度が異様に高い。


(勇者だから? 勇者って、そういう存在だったりする? 魔王にやたら好かれるとか…みーちゃんが召喚されたのって、相手が幼児だったから?)


 そもそも召喚されたらすぐ把握して、夢にまで介入して会いに来るなんて、魔王にとって勇者とは一体何。


 顔を上げると、真剣な表情で遊びに没頭する子供が見える。

 花摘み…というより草むしりをしていた幼児は花畑の一角を丸裸にしながら、いつの間にか泥遊びをはじめていた。泥だらけになりながら、楽しげに何か捏ねている。


 …綺麗なものが見たいとか汚いのはお掃除とか言ってなかった? すすんで泥にまみれてない? あの語り、やっぱりラスボスの主観が強いのか?


「魔王様が勇者と交流したがるのを皆さん不思議がりますが、皆さん勇者には魔王と関わって欲しいくせに魔王様が関わろうとすると逃げるのなんなんですかね。まだ早いとか知りませんよ。さっさと魔王様の寂しさを埋めて世界のために大きな花火になってください」


 色々突っ込みたいけどどこから突っ込めばいいのかわかんねぇ。


「…あのさぁ、結局ここはなんなの。みーちゃんが作った精神世界? ってのなら、これって夢なの?」

「先程そうお伝えしたじゃありませんか」

「じゃあ現実ってどうなってんの」


 聞きながら自分の胸を抱きしめる。

 この、傷一つない姿が夢の中だからだというのなら、現実の私は。

 きゃっきゃと泥遊びをする子供達の楽しげな歓声が遠い。

 巨体で膝を抱え、椅子の上に収納していたラスボスは細い目をより細めながら宙を見上げた。


「どうとは、どう答えればいいのかわかりづらいですね。私だって人間の城で何が起きたのかなど把握しきっては…ああ、ならこうしましょう」


 言って、彼はぐるぐると空中をかき混ぜはじめた。

 かき混ぜられた空気が、視界が、風を取り巻きながら渦を巻き、禍々しい水面のように悍ましい色合い染まっていく。

 呆然と見上げれば、それは二人の間…ティーセットの上にべちゃりと落ちて、ティーセットをすべて呑み込んでしまう。


 ブラックホールかよ。

 あまりのまがまがしさに吸い込まれそうで、睦美はより膝を抱えて小さくなった。


「これは脳で見ている夢ではなく精神を隔離した夢。こうして現実と繋げれば、勇者の知らない情報だって覗くことができるはずです」


 脳で見る夢は、制作者の知り得ることしか反映されない。

 これは魔法で作り上げた精神世界。勇者だけでなく世界のマナ…彼が言うところの淀みの力を利用しているから、勇者の知らない外の情報だって接続を変えたら覗けるはずらしい。


 その辺りの関係性、よくわからない。


 睦美は疑いながら禍々しい水鏡っぽいブラックホールを覗き込み。

 ドストライクの男に世話をされている、意識のない自分を見下ろすことになった。


(オイこら既婚者ァッ!!)


 なんでメイドさんじゃなくてお前がやってんだよぉ!!


 思わず盛大に叫び出しそうになった映像の先で。


『叔父上…』


 彼女の知らない彼らの話を聞いた。


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