第19話 彼の事情
睦美に教師を変えて欲しいといわれた顔だけ王子…ルパードは、睦美が勉強を嫌がっているのかと思った。
実際いやだいやだと愚痴をこぼしていたし、ルパードは教師役の魔法使いのジェイコブが天才であることを知っていた。教師が天才だから、教育者のレベルが高すぎてついていけていないのではないかと考えた。
叔父のセバスチャンは睦美の要望を受けて教師を変えるように言われた。増やした侍女に価値観の授業だけさせたらいいと言われたが、ルパードは子守のために増やした人材をそれ以外に当てる必要性がわからなかった。
(子守は大変なのだから、人数はそのままがいいだろう?)
睦美一人の子守は大泣きするほど大変だとわかったので、子育て経験のある侍女を三人宛がった。この三人は睦美の世話も兼任しているので、これでも足りないと言われたばかりだった。
それなのに、教師の変更は少ない人員にわざわざ別の仕事を振る程のことだろうか。
セバスチャンが自ら動かずルパードに進言したのは、勇者周辺の管轄はルパードが責任者のままだったからだ。
前回のやらかしから鑑みて、その役割は一時的にセバスチャンに振り分けられた。しかしすぐにまたルパードへと権限が戻っている。
それは、セバスチャンが兄の…ルパードの父、この国の王の執務を肩代わりすることになったから。
(母上に引き続き、父上も倒れた)
枯渇していくマナを少しでも削減するために、自分の魔力をマナに変換して大地に還元したから。
(普通は、体内の魔力は大気のマナと掛け合わせて使用することしかできない。魔力をマナに変換することはできない…だが王族は、国を守るために自らの魔力をマナに変換することができる)
王族は、生まれながらに高密度の魔力を持って生まれる。
その魔力は、いざという時にマナに変換して国の実りを保つためにある。王家の血筋は幼い頃から、魔法の使い方と一緒にマナの変換を学ぶ。
(勇者召喚の儀で、どうしても我が国のマナが集中的に枯渇する…それを抑えるために母上が、自らの魔力をマナに変えた)
国を想って魔力を絞り出した結果、王妃は魔力が枯渇して昏睡状態となった。
(続いて天災に見舞われ、その調停のために父上もマナの変換を行った…昏睡するほど枯渇しなかったが、動き回るだけの体力は削れてしまった)
本来なら王の代わりにセバスチャンが変換を行うつもりだったが、タイミングが悪かった。セバスチャンが泣き喚く勇者と睦美の対処に駆り出されているそのときに、王は変換を行っていた。アレがなければ、王も弟に役目を任せただろう。しかしそれは叶わず、王は自ら変換を行った。
魔力の枯渇は、大気中のマナを自然と取り込むことで回復する。つまり時間に頼るしかないのだが、そもそもマナが不足している世界情勢。回復は遅れる見込みだ。
(…私が事を急いだから、叔父上にも無理をさせてしまった)
王が倒れたので、セバスチャンはそのフォローで忙しい。
それでも定期的に勇者達に顔を出し、不都合はないかと問いかける。今回の件もその問いかけに睦美が答えたことがきっかけだ。
セバスチャンはルパードに、ジェイコブと睦美の接触を控えるよう言った。相手を気遣った結果だろうが、流石にそれは過保護になりすぎだと思う。
確かにこちらが負担を強いているが、睦美が努力しなければどんな教師だろうと教養は見込めない。
(ジェイコブに授業内容を幼児に接するレベルまで下げてもらえばなんとかなるだろう)
人手がないのは本当だ。
両陛下が寝込んでいるし、有能な配下ほど国の運営で忙しい。勇者達の存在は国家機密のため、事情を知るジェイコブの後釜など、早々に見付かるわけがない。
本来なら召喚されてすぐ勇者の存在を公表するのだが、勇者が幼女なので機密扱いとなっている。以前魔王討伐を急いだ件から情報が漏れ出してはいるが、勇者が幼女なわけがないとほぼ信じられていない。
事実が事実として認識されないくらいあり得ないことなのだ。だからこそ、情報規制も兼ねて今いる人材で回していかなければならない。
そもそも家庭教師はジェイコブの立候補だ。熱意があるのだから、注意すれば改善するだろう。
ジェイコブは、魔法使いだ。
魔法使いは好奇心が旺盛で、マナというエネルギーに触れ続けている所為か、解明できない謎にこそ魅了される傾向にある。
だから彼は、異世界人である勇者やムツミに大変興味を示していた。
もしかしたらその態度が睦美を不快にしたのかもしれないと思い至ったが、魔王討伐に選ばれるだけの実力者なのだからその辺りは弁えているはずだと考え直す。
教師として接すれば、その知的好奇心も収まるだろうと…ルパードはそう思っていたのだ。
それがまさか、こんなことになるとは。
「ルパード」
柔らかな叔父の声に、グッと喉が詰まる。
召喚を誘拐と宣う睦美の言葉に頷いて、自分たちは何処まで行っても加害者だと現状を受け止めて、彼女たちを帰還させるためには彼女たちを消費するしかないのだとルパードに語った叔父。
ルパードにそう語りながら、忙殺されるほどの忙しさの中で、他に方法がないか調査しているのを知っている。
ルパードに敢えて割り切った発言をして、ルパードが迷わぬよう気にかけてくれていたことを知っている。
「お前が勇者様に…こちらの事情を顧みない睦美に対して、不満を抱いていたのは気付いていました」
咄嗟に反論しようとしたが、想いは言葉にならなかった。
頑なにこちらを犯罪者扱いしてくる睦美。勇者が求められている討伐に非協力的な態度。そんな彼女に不満が積もっていたのは確かだ…が。
ルパードは拳を握り、寝室を覗く。距離があってよく見えないが、睦美は微動だにせず眠り続けている。
不満はあったが、こんな結果を望んでいたわけではない。
「我々に事情があるからと、それに応えない彼女たちを蔑ろにしていい理由にはなりません」
清廉な叔父の発言は、いつも背筋が伸びるのに…今回ばかりは重くのし掛かって、ルパードは背中を丸めた。
「という事情らしい」
「いや知らねぇわ」
そして私はそれを、眠っている自分を確認しながら聞いていた。
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