第20話 綺麗な花畑といえば


 気付いたら、ピンク色の花びらが揺れる花畑に仰向けで倒れ込んでいた。


(えっ私死んだ?)


 思わず私がそう思ったのも仕方のないことだと思う。

 だって見上げた空は、春の空を思い起こすほどの晴天。真横で揺れる見たことのないピンクの花。遠くから聞こえる子供達のはしゃいだ笑い声に、肌を撫でる柔らかな風。


 何これくっそ穏やか。


(…あれ、私死んだ?)


 本当にそう考えても仕方のない情景だった。

 何せ私が覚えている直前の記憶は、R-18Gだ。みーちゃんにはお見せできない展開。

 そう、子供が見ちゃだめなやつ。


(魔法使いが、私を魔法で動けなくして、勝手に乙女の肌を晒して、メスみたいな刃物で…)


 ――身体を、裂かれた。


 あれ。

 傷は?


 急に現実を認識した身体がビクッと震えた。反動で飛び起きて、ガッと自分の胸を掻き抱く。胸元をまさぐって傷を確認した。


 痛みはない。血も出ていない。

 傷がない。手足も動く。


「なんで…うそ、夢?」


 どっちが?

 解剖されたのが夢? それともこのお花畑が?


 アレを夢と判断するほど、私はお気楽じゃない。でもそれなら、このお花畑が夢?

 …じゃあ私はどうなったのか。

 薄い刃物が肌を裂いた、鋭い氷を滑らせたような冷たさを覚えている。そのくせ内側へと広げられる血肉の感覚が鮮明で、悲鳴は音にならなくて、私は為す術もなく気を失ったはず…。


 気を失って、それからどうなったの。


 バクバクと鼓動が煩い。震える手が自分の胸に沈んだ。爪が当たって痛い。痛みある。まさかこれが現実? 一体どこからが――…。


「つむちゃん!」

「ぎゃっ!」


 どむっと強烈な勢いで、真横から小さな怪物が私に突っ込んできた。

 油断しきっていた私はあっけなく押し倒される。後頭部が地面に叩き付けられて一瞬星が見えた。アレが一等星。


「つむちゃん! つむちゃん! つーむーちゃああああんっ!!」

「みぃ、みーちゃぁん…?」


 私の身体に乗り上げて、胸に谷間に顔を埋めて、ぐりぐり高速で頬ずりしている幼女。

 そんなことをする幼女は君しかいない。

 痛みに悶えながら名前を呼べば、ぱっとみーちゃんが顔を上げた。


 もちもちほっぺを真っ赤に染めて、おっきなお目々を輝かせ、みーちゃんは本当に嬉しそうにニカッと笑った。


「つむちゃん!」


 何これ眩しい。

 今まで見たことがないくらいの満面の笑み。

 これが百点か。


 ぽかんとしていれば、満点の笑顔だったみーちゃんが、ゆるゆると歪んだ。


「うえ、ふぐ…びゃあああああああああああああっ」

「えー!? なんでぇ!?」

「やあああああああああああ! びゃあああああああああああああっ!」


 ゆるゆると笑顔からしかめっ面になり、最終的に声を上げて泣き出したみーちゃん。

 私のお腹に座って、空を見上げて大泣きする。大きく開いた口の中がよく見えて、白くて小さい歯が行儀よく並んでいた。

 これを見ると小さいけどちゃんと人間だなって思う。お人形はこんな風になってない。


 何がなんだかわからないけど、みーちゃんが泣いている。


 私はここ数日ですっかり慣れてしまって、押し倒されていた状態から上体を起こし、びゃあびゃあ泣いているみーちゃんのちっちゃい身体を抱きしめた。

 私の両腕ですっぽり抱えることができるちっちゃい身体を胸元に抱き寄せて、よしよしと背中を撫でる。


「なんだよー、なんで泣いてるのー?」


 こっちの声など届かないくらいの音量で泣き叫んでいる。聞こえていないと思いつつ、それでも繰り返し声を掛けてしまうのはなんでだろう。


「ぁってつむちゃん、つむちゃんぁあーっ!」


 しかし意外と、通じている。

 これだけ泣き叫んでいてもこっちがなに言っているのか聞き取ってんの怖くない? こんなに泣き叫んでるのに聞こえてんだよ? 私は無理だわ。


「ハイハイ私がぁー?」

「あ――――っ!!!!!!!!」

「うっさ」


 ギャン泣きしながら抱きついてくるみーちゃんは、興奮して言葉を忘れている。

 これは暫く会話無理。諦めて丸い背中をポンポン叩いていた私はふと顔を上げ。


 こっちをじっと見詰めている大小の真っ黒い人間に気付いてぎょっと身を固くした。


 いつからいやがったこいつら!?


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