第17話 世界中が敵
勇者様がいれば、もう一人は捨て置いても構わない。
魔法使いのジェイコブ以外にも、そう考えているものがいる。
年齢という不安要素はあれど、伝説の武器に選ばれた幼女。世の厳しさなど全く知らぬ幼い子供に取り入って好き勝手したい大人ほど、そう考えていた。
そういった大人にとって、子供を抱きしめて周囲を威嚇する小娘は邪魔だった。
文字通り世界が敵だと叫ぶ小娘は、世間を知らぬが警戒心は高かった。
頭の悪そうな言動をしながら、甘言や貢ぎ物は断固拒否して勇者を抱き上げ逃げ続けた。勇者が一人でいることはほぼなく、常に抱きしめていつでも逃げられるように距離を保ち続けた。
勇者の名誉と栄光と欲する彼らと、幼女頼みの冒険の旅など自殺行為だと拒み続ける小娘。
彼らの常識では勇者は魔王討伐の旅に出るものだが、小娘の言うとおり、幼児にそれを押しつけるのがおかしいという常識は一致していた。一致していたからこそ、小娘は邪魔だった。
迫り来る使命からときに守り、ときに導き、世界を救う勇者を育てるのは、この世界の人間であるべきだからだ。
いざというときに勇者が頼るのは、心を許すのは、この世界の人間であるべきだ。
でないと命をかけて世界を守るなど、余程のお人好しでない限りできるはずがない。
ようは幼い勇者を洗脳し、自分たちに有利な条件で自発的に旅に出てくれる存在に育てたい連中が小娘…睦美を疎ましく感じていた。
子守はいやだ。面倒だと言いながら、睦美は少しでもこの大人おかしいと思った瞬間、みーちゃんを抱えてダッシュで逃げた。頭のおかしい大人の傍に子供を近付けちゃいけない。世話を焼くのは面倒だけど、それとこれとは話が違う。
睦美は文句を口にするが、みーちゃんを見捨てることだけはしなかった。
みーちゃんも本能でそれがわかっていたので、心を許す前からぴったりくっついていた。
そう、懐く前から、みーちゃんは睦美を信じていた。
その信頼が、この世界の大人たちには邪魔だった。
(そんな輩も無理を通した結果、勇者様の雷に怖じ気づいていましたが…)
だからって油断してはいけなかった。
日が沈む残照を横目に、セバスチャンは足音を鳴らしながら廊下を進んだ。
数歩離れたところから側近が並び、廊下のあちこちに警備のものが配置されている。彼らは以前まで金属の鎧を着込んでいたが、現在は革製の鎧を装着している。見た目はとても軽装だが、現在の王宮で金属を着込むのは自殺行為に等しい。
廊下を進みながら壁に視線を向ければ、隠しきれない焦げ跡がちらほらと目立つ。先日の落雷を受けて、爆発したり引火したりした部分の痕跡が如実に勇者の怒りを表していた。
目的地へとやって来たセバスチャンは側近と護衛を廊下に残し、入室の許可を待った。暫くしてから緊張した表情の侍女が扉を開けた。
その部屋は、勇者のために用意された寝室だった。
豪奢な調度品に贅沢の限りを尽くした装飾…そのできる限りが取り払われて、幼い子供が転んでも怪我をしない内装になったのはつい最近のこと。
床でお昼寝をする勇者のために、土足禁止となっている。
セバスチャンは靴を履き替えて、大きな寝台へと足を勧めた。
大人が三人ならんでも余裕のある寝台には、少女と幼女が転がっている。
耳の下でふんわり揃った髪。外側が緑で内側が橙の夕張カラーだと不思議な色合いを主張する少女の髪が枕に広がっている。やる気がなさそうで油断なく周囲を見渡している鳶色の目は閉じられて、強気な口調で遠慮なく発言する口元はうっすら開いているが声がもれることはない。健康的な肌は青白く死人のようだが、ふくよかな胸元が上下する様子から生きていると認識できる。
健やかとは言いがたい様子で眠っている少女の隣には、仔猫のように丸まって眠る幼女の姿がある。
白い動物のぬいぐるみを枕に、胎児のように丸まって眠る幼女は眉間に皺を寄せて目を閉じている。その顔は真っ赤で、泣き続けているから顔全体がカピカピだ。幼い子供特有の柔らかな髪も貼り付いて凄いことになっていた。
セバスチャンが合図を出せば、侍女が温まったタオルを持ってきた。それを受け取り、寝台に腰掛けて幼女の顔を拭う。幼女は眠ったまま、更に顔を顰めて抵抗した。うぎゅうぎゅと解読不明な声を上げ、小さな手がセバスチャンの手を払い除けようとする。その手を掻い潜って顔を拭いた。
いやそうにぐにゃぐにゃと寝返りを打った幼女は、ころりと睦美の肩に額を押しつけた。そのまま丁度良い位置を探すように何度も顔を捻じ込んで、納得した場所で動きを止める。
睦美は、ピクリとも動かない。
上下する彼女の胸元に視線を向ける。
緩められた首元から覗く、若い女性の胸元。
そこには白い包帯が肌を覆い隠すように巻かれていた。
(…馬鹿なことをする)
厳密に言えば、睦美を排斥しようとしていた一部と、今回の犯行はまったく関係がない。
勇者さえいればもう一人の異世界人などいらないだろう…そう考えた魔法使いが、己の欲求を満たすためだけに彼女を解剖しようとした動機は、睦美をいらないと判じた部分だけ似通っているが、それだけだ。
知的好奇心と傲慢な差別意識で異世界人を実験体として扱った魔法使いは、自ら教師の立場に立候補して彼女たちに接近し、警戒する彼女に気付いて、逃げられる前に解剖を実行した。
独断専行だった点は反省すると証言した魔法使い。
勇者の怒りに触れて全身に火傷を負い神経を焼かれ寝たきりの身にも尚、彼女と同郷の勇者はともかく…異世界人と認識している我々に咎められることはないと、本気で思っていた。
何故なら彼女は、自分たちと違う生き物だから。
彼は本気で、余分な異世界人には何をしても許されると思っていた。
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