第12話 油断も隙もない
世の中マジで不条理。
私は絵本のページをひたすら捲るみーちゃんを横目に頭を抱えていた。
男二人は謝罪会見があるからと出ていった。マジでするん?
セバスチャンがいなくなったから、魔法のワンちゃんもいない。どうやら術者から離れすぎると魔法は維持されないらしい。魔法だからってなんでもできるわけじゃなさそう。
みーちゃんは「ワンちゃんどこ?」と不思議そうにしていたが「ご飯食べにいった」と誤魔化せば納得したようだった。それでいいのか幼女。
メイドさんに渡された絵本を床に置いて、ひたすらページをめくっている。それ読んでないな? そもそも読めるか?
今までは何をするでもなく、私にくっついてじっとしていたみーちゃん。それも緩和されて、あちこちに興味を示しているように見える。
ちなみにその絵本もセバスチャンが持って来た物だ。もしかしたら娘のお下がりかもしれない。
そこまで考えて、私は再び頭を抱えた。
(マジでセバスチャンが既婚者とか不運だわ…あのイケメンガチで好みだったのに…異世界誘拐で四苦八苦してるんだから、異世界イケメンにちやほやされるサービスとかないの?)
それくらいのサービスがないと割に合わないんだけど。
情報収集のためにハニトラでもしようかと思っていたけれど、セバスチャンが既婚者だとわかった段階でやる気がなくなった。
(そもそも、指輪もしてなかったし。見ただけじゃ既婚者かどうかわからないじゃん。こっちの結婚率ってどうなってんの? いくつから結婚できるわけ? そういや顔だけ王子は独身なわけ? その辺り知ってからじゃないと略奪になるんですけど)
ハニトラとはつまり相手を弄ぶ行為なので、相手はともかく恋人が破局するのは本意ではない。
(あっちだったらまだ動きようがあるけどこっちだと何がNGかわからねぇな…。押し倒してもいいくらい好みのイケメンじゃないなら慎重になるわ)
自分を安売りしているわけじゃないから。好みじゃないなら頑張れない。
背もたれに身体を預けて天井を見上げる。部屋の中央に吊り下げられた小さなシャンデリアは、私の知らない原理で光っていた。
(とりあえず、今すぐ魔王討伐に行かなくていいって言質が取れてよかった…)
事情が事情なので焦りはあるようだが、失敗もできないので慎重になっている。
顔だけ王子は慎重さが欠けて失敗したようなものだ。焦って行動して、幼女の逆鱗に触れることとなった。いや、正確に言えば逆鱗に触れたのは自称聖女だけど。
(そういえば、あの女の話は出なかったな)
魔王討伐メンバーには一切触れなかった。
そのために集められただろうに、今どうしているんだろうか。
(どうでもいいか)
こっちに関わってこないなら本当にどうでもいいわ。
自らの野心を隠しもしない姿勢は地球でなら仲良くなれたが、異世界では無理。自分の身の置き所がわからない状態で野心家の傍にいたくない。
「つむちゃん、みてぇー」
「えー?」
「みてぇー!」
「あーはいはいなんだよぉ…」
ずりずりと絵本を広げたままお尻を使って移動するみーちゃん。見ろと主張してくるので、私はソファから立ち上がってみーちゃんの隣に座り込んだ。
部屋の中だろうと土足で歩き回る国だから床に座り込むのは汚いしはしたない行為らしいけど、しらね。がんばって洗濯して。幼女相手に椅子に座りなさいとか疲れるからいいたくない。
その幼女は広げた絵本の一部を指差している。
「これなにいろー?」
「青」
「これはー?」
「黄色」
「これー」
「赤」
「これはー?」
「灰色」
「ちがうよ、ねずみさんいろだよ」
「なにそれ」
「ちゅうだよ!」
ねずみ色じゃなくてねずみさん色なの?
ちゅうってネズミさんのこと? 鳴き声か?
「あーか、あーお、あーかあーお」
人に色を聞いてきたのに、今度は自分で色を指差しながら口ずさんでいる。四つん這いになってお尻を振りながらページをめくる。
「みーどりみどり、みーどーり」
絵本を読んでるんじゃなくて、色の名前を歌ってる…。
さっきまでひたすらページを捲っていたのも、やっぱり読むのではなく見ていただけなのだろう。内容を理解していないのに放さない、この絵本に対する執着なに?
「まっくーろー」
「…ん?」
幼女が捲ったページは本当に真っ黒だった。
その前は、草原を進む登場人物達がいたのに、このページは何もない。真っ黒な何かと、読めない文字が数行書かれているだけ。
…これ筆記体に似てるけど多分知らない文字。読めない。
ぎゅっと眉間に皺を寄せる。みーちゃんはページをめくる。
「あーか、きぃーろ」
真っ黒い何かと登場人物が戦っている。
…待って。これ、魔王と勇者の絵本じゃね?
勇者教育始まってるじゃねーか!
思わず絵本を引っ掴んでぶん投げそうになった。
幼女の前でそれはいけねぇと耐えた。
誰かそんな私を褒めろよ。
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