第7話 歩み寄り
次に目が覚めたとき、幼女の態度は今までと比べものにならないほど改善されていた。
私にべったりなのは相変わらずだが、私に威嚇しなくなった。私の目を見て、私の言葉をちゃんと確認するようになった。
ただし全部に従うとは言っていない。
なんなら甲高い歓声を上げて身を捩ることが増えた。なにこれどういう感情?
その変化に戸惑っている間に面会に現れたのが、顔だけの自称王子と私を慰めてくれたイケメン。うわやばい背が高い嘘でしょやば。やばば。足なげぇ。
その人は、王様の弟で公爵様だった。
「セバスチャンと申します」
「偉い人なのに!?」
「はい?」
セバスチャン=執事じゃないの!?
映画とかドラマで出てくる執事の大半がセバスチャンって呼ばれているのに偉い人なの?
ちなみに、別にセバスチャンは執事の代名詞ではないらしい。不思議そうな顔をされた。
そんな顔もイケメンだな! 携帯の充電が切れてなければ撮ってたわ! 世に残させろ!
そんなイケメンの隣で、顔だけ王子は肩を落として説明をはじめた。ちなみに他称王子のようなので、自称じゃなくて顔だけに変更だ。とってもどうでもいい情報。
「貴方たちには苦労を掛けて大変申し訳なかった。まず、魔王討伐の旅は時期尚早と判断され、見送られることになった」
「よかったお偉いさんに理性が残ってて」
アレで強行する気ならどう逃げようかと思った。
信用も信頼もできないが、この外で生きていけるとも思えないので世話になるしかないのが現状。少しでも理性が残っていたら助かる。私が。
あ、だめだ理性。都合よく忘れて欲しい部分があるからちょっと待て理性。
昨日の私の醜態は忘れていい。全員記憶を失ってくれないだろうか。
正気に戻れば十六歳花の乙女が化粧をデロデロに崩しながら大号泣とか、自分だけじゃなくて見た奴全員の記憶を抹消したくなるくらいの黒歴史。血涙ならぬ黒い涙を流していたはずだ。こわ。自分の泣き顔絶対怖い。忘れて。
しかも寝落ちした私の化粧をメイドさんが落としてくれたらしい。人様にそこまで世話になるとか、恥ずかしすぎる。寝起きはスッキリだったけど心に致命傷を負ったわ。これでも乙女なんだぞ。
寝落ちの理由も泣き疲れ。
子供かっての。
なんて不貞腐れた私だったが、その寝落ちから目覚めたら待遇が随分変わっていた。態度が変わったのは幼女だけではなかった。
今まで幼女の世話を雑にする私にヒソヒソ言っていたメイドさんたちが一新されて、若い子たちからちょっと年嵩のお母さん世代のメイドさんがお世話をしてくれるようになった。
新顔に幼女は逃げたが、あらあらまあまあうふふふふっとにこやかに捕まえて顔を洗って着替えさせて身嗜みを整えた。布おむつだって手際よくあっという間に交換された。これがプロの犯行かと慄くほど鮮やかな手並みだった。私が何もしない朝とか久しぶりすぎて逆に戸惑った。マジ私がいらないくらい一瞬だった。
…いるじゃん子守できる人!!
ちなみに私もお世話された。
いつの適当に着ていた着方のわからないドレスじゃなくて、コルセットスカートのワンピースを着せられた。白いシャツにダークグリーンのスカート。私の頭は夕張メロン。全体的に緑色。上から順に色が暗くなっていくのでまあアリじゃん? と思っている。
ただ、メイクはこの世界の化粧品でされたからグリーンじゃない。こっちの世界色彩少ないわ。赤系とブラウン系しかなくね? 何この心ともなさ。少なすぎて引いた。
この世界のブラウン系の化粧もされて、いつもより幼い印象に仕上がった私。
いつもバリバリに化粧していたから、久しぶりに見たわ。素顔に近い自分。
ちなみにこの顔を見た顔だけ王子はもの凄く挙動不審だった。
年齢を確認されたので正直に十六歳だと告げれば、死体みたいな顔色になった。
今もイケメンの王弟、公爵様のセバスチャンの隣に座りながら、どんより肩を落としている。
幼女を膝に乗せてテーブルを挟み向かい合う私に、顔だけ王子は深々と謝罪した。
「すまなかった…まさかこんなに若いとは思っていなかったんだ…」
「どゆこと?」
「てっきり年上かと…」
「どゆこと?」
「私の甥は、貴方を成人した女性だと勘違いしていたのです」
制服姿だったろうが…と怒鳴ろうとして、そういえばここ異世界だったな、と納得した。
あちらでは一発でわかる女子高生スタイルも、こちらの世界では通用しないのだ。
バリバリ厚化粧だった所為か? メロンメイクで大人びて見えたか? そんなまさか。
「勇者様が幼いのは驚きましたが、同郷の大人の女性がご一緒ならなんとかなると思っていたようです」
「子守舐めてる?」
「すまなかった…!」
子守と思われているだけでなく、成人していると思っていたからなんとかなると思われていたようだ。
いやふざけんなし。
たとえ成人していても子供の相手、できないし。
ワンオペ舐めてました。アレは鬱になる。
それだけでなく、この顔だけ王子はだいぶやらかしていた。
勇者召喚はそもそも国主体の儀式だったが、次期国王として第一王子の顔だけ王子が責任者になっていた。
しかし召喚されたのは幼女。しかもなんの力もない私というおまけ付き。
私が主張するまでもなく失敗が疑われたが、世界中のマナを使用して行った儀式。送り返すこともやり直すこともできず、顔だけ王子は大いに悩んだ。
悩んだ結果、情報規制を行い勇者は幼女ではなく若い女性…つまり私の方を勇者として報告した。
おいこら。
失態がバレる前に魔王討伐の旅に出し、幼女にはゆっくり魔王が倒せるくらい伝説の武器に馴染んでもらおうとした、らしい。
ふざけんな。
勿論魔王討伐メンバーにどちらが勇者か伝えないわけにも行かず、自称聖女は幼女の方が勇者だと知っていた。勇者が幼いと知った自称聖女は勇者の後ろ盾となり、魔王討伐後は英雄の母として更なる名声を得ようとしていたらしい。
聖女の名声だけで満足しとけ。
そんな杜撰な計画を実行した結果、幼女が大泣きして雷鳴が轟き王宮の一部が崩落し…何事かと駆け込んできた王弟に発見された。
王弟のセバスチャンは、勇者召喚の儀が行われたことは知っていたが、国外にいたため詳細は把握していなかった。
外交にでていた王弟は事実確認が遅れて、この騒動でやっと幼女な勇者とおまけのJKに無茶振りする大人の図を認識した。
彼らのやらかしに別の意味で雷を落とし、イマココ。
ふーん。
「一発お殴りあそばしてもよろしい?」
「このあと謝罪会見がありますので、そのあとでもよろしければ」
謝罪会見とかあんのこの国。
顔だけ王子は涙目だったが、王族として虚偽の報告をしてはいけない。それが国どころか世界を揺るがす問題なら尚更。
顔だけ王子の他にも、彼を唆して魔王討伐を早めた家臣も多いらしいので、そっちも絞り出す予定のようだ。
そんなことをしたら国どころか世界が滅ぶんじゃないの? と思うがどこも大きな失敗を隠してより大きな失敗を呼び込む輩はいるようだ。怒られないように必死になるガキか? それで政治ができるのか?
政治わからんし勝手にしろ。
「召喚された数日は疲れがあるからと国王も挨拶できず…ご不便をおかけして大変申し訳ございません。報告しなかった甥にも、確認を怠った我々にも非があります」
勇者召喚の儀式のすぐあとに、この国の王様と挨拶する予定だったらしい。
予定だったが土砂崩れや地割れなどの被害が頻発して挨拶もできぬ忙しさだった。実際今も忙しく、まだ王様と会えていない。顔だけ王子も公務を手伝っているらしく、子守の手配をしなかったのはそれどころじゃなかったのもあるらしい。
それでも対応のは顔だけ王子の仕事だったので、彼は気まずそうに縮こまっている。
…とにかく、召還後のなにげに理不尽な扱いは、国を襲った災害への対処を優先した結果。
そして顔だけ王子とその周辺が功績を求めて空回りした結果のようだ。
(…召喚自体は国の判断だけど、自国民を優先した結果ってやつ? 確かに呼んですぐ討伐に動けるわけじゃないけど、対応が杜撰過ぎない? 召喚したけど失敗だったから隠蔽しようとした結果とかじゃない?)
よくわからないがいろんな思惑が絡み合っている気がする。全部が全部顔だけ王子の所為って訳でもない…かもしれないけどやっぱりこいつが悪い。
あとで、あのお綺麗な顔は絶対殴ろうと決めた。
勿論隣のイケメンもだ。非があるって言うなら避けないはずだ。
顔がどれだけタイプだろうが、この世界の人間なんだから同じく責任とりやがれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます