第6話 いいこいいこ
私が目を覚ましたのは真夜中だった。
泣きつかれて眠ってしまった私と幼女は、目が覚めたらいつものベッドに戻されたようだ。この四日間ですっかり慣れた布団の感触がする。
私が真夜中に目を覚ましたのには訳がある。
…私の頭にぺしぺしなにかあたっている。
(なに…?)
たくさん泣いたあとの、涙が乾いて瞼がくっつく感覚。
それを無理矢理こじ開けて、私はその原因を探った。
真夜中だけど、部屋の中はぼんやり明るい。幼女が暗闇を怖がるので、いつでも常備灯っぽいぼんやりした明かりが付いている。
私が明るくても眠れるタイプの人間でよかったな。そうじゃなかったら寝不足で苦しんでいた。私が。
そんなうすぼんやりとした部屋の中で、幼女が私の頭をぺしぺし叩いていた。
…え、なにしてんのこの幼女。
昼夜限らず泣いて暴れて殴る蹴るの暴行を受けてきたけど、とうとう寝ている相手にも暴力的に…。
「いいこ。いいこ」
ぺし、と小さな手の平が額に当たる。
「泣いたらだめよ。おねえさんでしょー」
滅多に口を開かない幼女が、何か言ってる。
…なんとなく、大人に言われた言葉をそのまま復唱したような…そんなカクカクした台詞が飛び出してきた。
(…は?)
「よーしよしよし」
言いながらぐいぐい押しつけられる手の平。
…え、もしかしてこれ頭撫でられてる? 叩かれてるんじゃなくて撫でられてる?
「ねぇねはねぇ、ねぇねはがんばってるよー」
なんか知らんが慰められてる? 「ねぇね」って私のこと?
「がんばったねって、お母さんにほめてもらおうねー」
片手が両手になり、いつの間にか頭をかき混ぜられていた。かき混ぜながら身体を前に倒して、私の頭に幼女の身体が乗っかる。抱きつくみたいに頭を抱えられた。
「だから泣いたらだめよー」
(…うわ、まじか)
私の身体の上で、うごうご蠢く謎の生命体。
頭の上にいたのに、いつの間にか私の胸に顔を埋めている。頭を撫でていた小さな手が私の胸をむにむに揉んで、しっかり掴んだままうとうとしだす。
「まいごは…まいごはみー…が、つれてってあげゆ…からねぇ…」
胸の上に乗った小さな身体が、急にずしっと重くなる。
…私の胸に顔を突っ込んだまま寝やがったわこの幼女。
息できる? 巨乳に挟まれて幼女窒息なんて速報がお茶の間に流れない?
すやすや眠っている幼女。私はひたすら呆然とさせられた。
なんで私、急に頭を撫でられて、慰められてたわけ?
…え、もしかして姉貴風吹かされた?
幼女に?
…守らなくちゃいけないって認識された? なんで?
…泣いたから?
「いやアンタもギャン泣きだったでしょうが…」
呟くけど、すやすやしている幼女には届かない。
私は頭を抱えた。
こっちは不満たらたらで一緒にいたのに、幼女は私が泣いたら慰めようとした。泣き止ませようと、小さな手で頭を撫でた。
きっと幼女が親にして貰ったことを、自分より大きな私にしてくれたのだ。
愛されて育ったから。
その愛を、当たり前に泣いている子に与えられるのだ。この幼女は。
私だって、親に抱っこされて頭を撫でられた記憶はあふれるほどある。
別に毒親家庭だったわけじゃない。普通の家庭だったと思う。
反抗期で大喧嘩もした。死ねばいいのにとか親が別の人だったらいいのになんて言い放ったこともある。当たり前のように暴言が飛び出して、ウザいキモいと父親を罵倒して煩い口出しすんなと母親を拒絶した。親も馬鹿娘とか人様に迷惑を掛けるなとかお前みたいな娘は恥だとか罵ってきた。どっちもどっちだ。
かといって毎日がそうだったわけじゃない。
普通に会話をするし、用事があれば普通にお願いした。文句を言いながら一緒に過ごし、休みの日は一緒に出掛けた。誕生日にはプレゼントをもらうし、親の誕生日は一応覚えているし、体調が悪そうなら気になる。
家族だから。
今じゃ恥ずかしいしウザいしキモいからやらないけれど、小さい頃は抱っこして頭を撫でて手を繋いで歩いたのは、ちゃんと覚えている。
当たり前のこと過ぎて、だからなんだという気持ちで、昔は昔で今は今だとあの頃は可愛かったなんて懐かしむ親の言葉から耳を塞いでいた。
耳を塞いでも、事実はなくならない。
幼い私は相応の愛され方をしていて、今だってなんだかんだ愛されている。
なのに私は、その幼い頃与えられた物を、幼女に分けてあげられていただろうか。
親と引き離されてギャン泣きしている幼女はできているのに。
(――これじゃあ、まるで)
「私のほうがガキみたいじゃん…」
そう思えばとても恥ずかしくて。
私は頭を抱え、どうとでもなれと二度寝した。
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