第3話 私がすんの!?
その後、幼女の身元確認は難航を極めた。
伝説の武器を手に入れた幼女だが、実はまだ名前もわかっていない。
なにせ幼女は私のことも警戒していた。警戒していたが、明らかに怪しい奴らより見慣れた学生服を着た女の方が安全と判断したのだろう。私にしがみついて離れない。私のメロンに顔を埋めて一言も喋らないから、谷間が蒸れて仕方がない。
しがみ付いているが、心を開いたわけではない。
むっつり口を閉じて喋らない。
美味しそうなお菓子で釣ってみても首を振るばかりだ。
多分、知らない人から食べ物を貰ってはいけませんとしっかり教育されている子なのだろう。
偉い。偉いのだが…。
(めんどくせー!)
幼女がしっかりしがみ付いているのも、なんとかしてくれと周囲の大人に縋るように見られるのも面倒だ。
(私は保護者じゃない!)
見ず知らずの赤の他人だ。
何より元々、子供は得意じゃない。
近所にいるのは悪ガキばかりだし、やたら叫びながら走り回るし、いきなり泣くし。
一緒に召喚されたからとセットにされても困る。幼女に頼られても困る。
縋り付いてくる子供を振り払うほど人でなしじゃないつもりだが、だからって優しく受け入れるほど善人でも大人でもない。
子守りを用意してくれ。いるでしょそういう役職の人。
そう訴えたら不思議そうな顔をされた。
「子守? 君がいるだろう」
「は?」
「子守ムツミなのだろう?」
「
こもり違いだわ。
名乗ったとき納得顔だったのそういうことか。違うわ。
メイドさんっぽい人に任せようにも幼女が全然懐かない。こっちに懐かないから任せたとか言われても困る。私に懐いているわけでもないのよ。
幼女にとって、今の私はただの壁。近付いてくる不審者から距離を置くための壁だ。心許されて縋られているわけじゃない。何なら幼女がずっと抱えているぬいぐるみより信頼度は低い。
(って言ってるのにあの顔だけ王子、結局セット扱いしやがって!)
結局、誰も幼女の心を解すことができなかった。
それでも同郷の私にしがみ付いて離れないので、私なら勇者様の世話ができるとセットにされた。二人セットで豪華な部屋に押し込められた。
とにかく広くて豪華な部屋だった。無駄に広い。壁に装飾や絵画がびっしりだし、絨毯はやけにふっかふかだし、家具もやたら豪華。部屋の真ん中が広々空いているから、とにかく広く感じる。
無駄に広い。無駄に豪華だし、第一印象は無駄。
意外なことに無駄がなかったのは幼女の抱えたぬいぐるみ。白いうさぎさんはただのぬいぐるみじゃなくて背中がチャックになっている収納可能なぬいぐるみだった。
伝説の武器、マジカルなステッキはうさぎさんの背中に封印された。封印した幼女は満足げだが、抱きかかえて不満そうな顔になった。どっちだよ。
中身が硬くなって抱き心地が変わって不満らしい。それでも抱いて放さないのは、やはりそれが最後の砦だからだろう。
でもさ、そいつを抱っこした状態でしがみ付かれると、マジカルなステッキが私の腹に押しつけられてがちで痛い。
どかそうとすると泣くから苛つく。
どうしろってんだ。
その日はとっても疲れたので、豪華でふかふかしたベッドに幼女と一緒に寝た。
…高級感溢れるベッドだったけれど、一晩で駄目にした。
幼女がおねしょした。
疲れて熟睡していた私は、幼女の甲高い泣き声に起こされた。更に隣がひんやりして、幼女の粗相に気付いて顔をしかめる。
イライラしながらベッドから降りて、一人でトイレにも行けないのかと振り返り…そもそもベッドでかくて幼女一人じゃ降りられないことに気付いた。
私は問題ないけれど、幼女では自由に上り下りできない高さだ。
年齢的に一人でトイレができない可能性もあったが、そもそも一人で行動できなかった。
そして泣き声に呼ばれて入室したメイドたちは、テキパキとおねしょを片付けて…メイドが、子供は寝る前に用を足させる様にと忠告してきた。子供は催したら我慢できないので、寝る前に対処するようにと。
(知らねぇよそんなこと!)
続けて寝かせるときは上着を脱がせなくてはいけないとか色々言われたが、子供の世話をしたことがないのだからわからない。
おむつ交換もしていないからもれて汚れたとか、勇者様の肌が荒れてしまったとか怒られたが、勇者の肌荒れで注意されるってどういうことだ。
ちなみにこの幼女、まだおむつをはいていたので、こちらの世界の布おむつに切り替えていた。
それも違和感があるようでずっとぐずっている。ぐずられても困る。私だってぐずりたい。
紙おむつだって扱ったことがないのに布おむつとか。難易度が上がってる。つーか私が幼女の排泄物処理もしないといけないの? まじで?
その後も食事の世話や着替えまで、私が手助けすることになって発狂するかと思った。
現代社会での便利グッズならともかく、異世界の見知らぬ料理や形状のわからない服を着せるのだ。横からメイドの指示があるが、もごもご抵抗する幼女に上手く世話できるはずがない。しかもできない度に、ヒソヒソ責められる。
そんなに言うならあんたたちがやってよと言えば、勇者様に警戒されている身ですのでと逃げられる。警戒されているくせに偉そうにヒソヒソすんな。
巻き込まれて召喚された私を役立たずと思っているのか、勇者の世話係と本気で思っているのか、やたらとあたりが強い。
やんのかこら。女の喧嘩が口だけだと思うなよ。長い爪は武器だぞ。
しかし私が一番悩ましいのは、私が雑に世話をしても幼女が何も言わないで、涙目でぎゅっとこちらを睨むことだ。
ぎゃあぎゃあ泣くことの方が多いが、不満そうにぎゅっと小さな口を閉じて私を睨んでくる。そのくせ、小さな手は私の衣服を掴んで放さない。この世界の大人が近付けば、すぐさま私の影に隠れる。スカートの中とかメロンの間とか。幼女そんなところに隠れようとする? いつでも頭隠して尻隠さずなんだけど。
子供は可愛い。
見ているだけなら無責任にきゃー可愛い~って騒げた。
血縁者だったら責任感も覚えて、諦めが付いたかもしれない。
だけどこの子は赤の他人。見ず知らず世話をしろと押しつけられた幼女。
なんで私が世話をしなくちゃいけないの。
「めんどくさい」
私は素行もマナーも頭も悪いが、小さい子供に悪態を吐くような人でなしではないつもりだったのに。
気付けばグチグチ悪態が口を突いていた。それに対しても、周囲はヒソヒソと騒いでいる。
(だいたい、なんで私がここまで世話しなくちゃいけないんだよ!)
懐かないから任せるってなんだ。
懐くまでトライしろよ。
私だって他人だぞ!
だいたいお前らが誘拐したんだろうが! 片棒担がせんな!
なんて愚痴るけれど、この小さい生き物が私にしか頼らない理由も、なんとなくわかるのだ。
だって周囲の異世界人たちは、この幼女を勇者様と呼ぶ。
幼いが、伝説の武器を得たのだから魔王を倒す勇者に間違いないと、そのように扱う。
召喚が誘拐であると私に詰められた自称王子は罪悪感を抱いていたが、異世界人にとって勇者とは、自分たちを救ってくれて当たり前の存在なのだ。
その勇者が、幼女。
どこからどう見ても、か弱い幼女。
はたしてこの勇者は、魔王を倒せるのか…?
勇者を信仰し、その能力を信じていても付き纏う不安を、付属品の私で晴らそうとしている…気がした。
私は頭はよくないが、勘はいいぞ。女だからな。
(うっぜー!)
多分、幼女もウザい大人の考えを察している。
子供は意外と敏感なのだ。あと女はいくつでも女だから。女の勘は当たるから。
態度がウザい大人に、子供が懐くはずがない。
(私も大概だと思うけど!)
子供の世話などしたことがないので扱いが雑だ。
ギャン泣きされたら煩いと怒鳴りたくなるし、いうことを聞かない生き物に言い聞かせるのが不毛で苛つく。でも子供を叩いたり怒鳴ったりするのは虐待だ。
自分の子なら、教育的指導だと心を鬼にして接することもできるだろう。だけど相手は名前も知らない幼女。そんな子を怒鳴ってぶって静かにさせるなんて、どう考えても暴力。親御さんに訴えられる。バレなかったらいいとかそんな問題でもない。
ぶたないけど、私の態度は最悪だ。
怒鳴ってぶたないだけで、でっかいため息や舌打ちで不機嫌を主張し、イライラを隠さない。精神的な虐待とか言われたらうるせーって怒鳴る自信がある。でも褒められた子守でないのは確か。
だけどこっちだってストレスがたまる一方なのだ。
(なんで私がこんなことしなくちゃいけねーの)
なんて文句をこぼしながら、それでも名前も知らない幼女の世話をして、多分四日目。
自称王子からやっと呼び出され、私は幼女を抱えてやけに広い部屋に通された。
そこでお姫さまみたいな格好をした女に、こう言われた。
「初めまして勇者様。わたくし、魔王討伐のメンバーとなりました聖女です」
「ふざけてんの?」
挨拶も吹っ飛ばして悪態が飛び出したけど私、悪くない。
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