第4話 舐めてんのか


 呼び出されたのは、応接間と呼ばれる広い部屋だった。


 召喚されて事情説明された会議室っぽい部屋より遙かに広く、椅子もない。

 おい椅子がないと私ずっと幼女を抱っこすることになるんだけど。広い部屋に怯えて降りてくれないんだけど。私の腕が死ぬぞ。うさぎさんだってマジカルな武器が入っていて意外と重いんだかんな。

 そしてその広い部屋にはたくさんの大人がいた。


 自称王子は勿論、なんか年嵩の偉そうな大人が複数。

 そいつらは部屋の奥に立っていて、壁際には物語でよく見る甲冑を着た騎士っぽい人たち。

 部屋の真ん中には自称王子と綺麗なお姫さまっぽい女性。魔法使いっぽいローブ姿の男性。自称王子よりキラキラした顔の白銀の甲冑を着た多分騎士がいた。

 偉そうな大人達ではなく、真ん中のきらきらしい集団の前まで誘導された私と幼女は、出会い頭にお姫さまっぽい女性にあり得ない発言をされた。


 何だ、魔王討伐メンバーって。

 まさかこれから討伐の旅にでも出るつもりか。

 ふざけてんのか?


 反射的に悪態を吐いた私に、普通の挨拶をしたつもりらしいお姫さまっぽい女性、自称聖女は唇をつり上げて嗤った。わかりやすく嗤いやがった。性格悪いなこの女。


「まあ、なんて野蛮な物言いでしょう。勇者様の世話役が無能と聞いてはいましたが、本当に粗忽者ですのね」

「オイこらあんた、自称王子。幼児誘拐に飽き足らず幼児虐待までするつもりなの?」

「ちょっと、わたくしを無視するなんて…」

「虐待ではない。君たちを帰すためにも必要なことで、そのためにも充分なパーティーを結成するつもりだ」

「人手があれば大丈夫って問題じゃねーぞ!」


 自称聖女の厭味など受け流し、私は自称王子に噛みついた。部屋に入ってからずっと私に貼り付いて離れない幼女をぎゅっと抱え直して噛みついた。


 幼女を雑に扱う私だが、四日もあれば流石に理解する。子供に接したことのない私でもわかるようになる。


 子供って、本当に何もできない。


 意外とできるな? と思うことだって、当たり前にできるわけじゃない。三回に一回は嫌がるし、できなくて泣くし、できてないのに自分で最後までやろうとするし。自分でやるって言った一分後にはやってとかぬかすし。最後にはギャン泣きだし。

 総合的に見て何もできない。

 日常生活で、大人の補助なく生活できない。それが幼児。


 だというのに、魔王討伐?

 充分な人員だろうと、幼女がそんなことできるとマジで思っているのか。


 思っているならこの世界の人間は、狂っている。


「勇者様は伝説の武器に選ばれた。それさえあれば魔王は倒せる」


 狂ってたわ。

 私は眦をつり上げて怒鳴った。


「マジで顔だけだな! 熟考しなくてもわかんだろ! それとも魔王って私が考えているよりちゃちな存在なのかよ!」

「まさか! 魔王はとても恐ろしい、歴戦の騎士ですら相手にできない存在だ!」

「そこに幼女を突っ込むんじゃねー!」


 虐待と言ったが違った。これは殺人だ。

 私にとって幼女はとっても面倒な存在だが、だからって殺人を見逃すほど人でなしではない。明らかにやばい連中に幼女を手渡しするほど落ちぶれていない。

 かといって私にできるのは威嚇行為だけだ。幼女を庇うように抱え直して吠えることしかできない。

 顔を真っ赤にして怒鳴る私を、自称聖女が嘲笑った。無視していたのに結構図太い女だな。


「煩い子守だこと。勇者様は確かに幼いですが、その存在が魔王を弱らせるのです。道中魔物で経験を積めば、きっと赤子のような勇者様も魔王討伐の時期には立派に成長されていることでしょう」

「もしかしてレベルアップで成長する生き物と勘違いしてる!?」


 そんなわけがない。幼女は幼女だ。

 旅の途中で急成長して大人の姿になったりしない。この世界の生き物なら知らないが、地球の生き物はそんな成長はしない。


「言っていることがよくわかりませんが…どうでもよろしいわ。とにかく勇者様はこれから討伐の旅に出ますの。あなたのお役目はここまでよ。わたくしが変わりますから勇者様をお渡しなさい」


 子守は本当にいやだし代われるなら代わって欲しい。

 だけど自称聖女の発言に、「え、いいの?」とは思えなかった。


 だってこいつ私以上に子守できなさそう。

 どこからどう見てもプリンセス。絵本に出てきそうなお姫さまスタイル。

 聖女と言われたけれど、王女と言われた方がしっくりくる金髪碧眼プリンセスラインユメカワドレス。

 子守とか、絶対できない。メイドさんとかに任せて自分ではやらないタイプ。

 もしくは子守をとっても舐めてる。私も今まで舐めていたからわかる。思った以上に言うこと聞かないぞ、幼女。


 いやな予感しかしないので、私は幼女を守るように後退った。

 世話は面倒だし任せられるなら任せたいが、地雷の気配しかしない相手に幼女を任せられるわけがない。

 他人だけど、爆発するとわかっているのに幼女を向かわせられるか。繰り返すけど、私は最低限の人間性を捨ててない。


 そもそも全体的に信用できねーのよ。世界で幼女(と私)を誘拐してんのに助けて貰えると思ってんだぞ。頭狂ってやがる。


 そう、頭が狂っているから爆心地はそんなの気にしない。

 自称王子は困った顔をしていたが、自称聖女は苛立たしげに私に近付いてきた。


「まったく。役立たずの上に強欲な。魔王を討伐する勇者様の後見人となり、勇者様から最も信頼される立場に立とうなどと。それはお前のような無能ではなく、聖なる力を持つわたくしこそが相応しいですわ」

「自分の目的清々しいほど暴露するじゃん」


 本当に聖女か?

 聖なる乙女のイメージ砕け散ったけど本当に聖女か?

 警戒する私の前に立ち、警戒する仔猫のような幼女に触れて、自称聖女は微笑んだ。


「ご安心を勇者様。その役立たずとは今日でお別れ。これからは、わたくしを母と思って頼ってくださいな」

「…?」


 意味が分からなくて首を傾げる、不安そうな幼女。

 自称聖女はちょっと考えて、にっこり笑った。


「わたくしが新しいお母様ですわ」

「……!」


 幼女の目が見開いた。

 パカッとお口が開いて、私を見上げて…いやそうな顔をしている私と目が合った。


「……!」


 ぎゅわっと顔がしかめられ、一気に顔のパーツが真ん中に集まる。最後の砦、うさぎの耳をぎゅっと握った。

 あっやべ。


「ぃやああああああああああああああああああああああああああああああー!」


 落雷を思わせるギャン泣きが、広い部屋に響き渡った。

 マジで雷が落ちたのかってくらいの高音。

 とか思っていたら。

 ――ガチで落雷を伴ったギャン泣きが、豪奢な部屋に響き渡ったのである。


 何この雷――――!


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