第2話 やっぱり誘拐犯だった
私の逃走は体感五分で終わった。
幼女のギャン泣きが収まらなかったのと、私が子供一人抱えて逃げるだけの腕力と体力を持っていなかったのと、推定誘拐犯の数が多すぎて逃げ切れなかった。
見知らぬ場所ってのも悪かった。何処に逃げればいいのか全然分らなくて壁際に逃げちゃったのが敗因。
壁を背中に、警戒してガルガル牙を剥く私とギャン泣きは落ち着いたがしゃくり上げる幼女。
そんな二人に、怪しい集団は必死に無実を主張した。
無実なわけがあるか有罪だよ。よくわかんないけど無実なわけあるか。幼女が泣いているから間違いなく有罪。私が泣かしたわけじゃないからお前らが悪い。
「ひとまず話を聞いて欲しい。あなた方は私達が求めた勇者なんだ」
そう言って前に出たのは、私よりいくらか年上っぽい男の人だった。
「私はルパード。この国の第一王子だ」
きらんきらんした金髪に、きらんきらんした黄金の目。
なんつー色彩だよ厨二病でも選ばないぞゴールド×ゴールドなんて。嘘だろ人工じゃなくて天然? 顔がよすぎて煌めきすぎてて逆に顔がわからない。後光が眩しい。
そしてすべてを強調する真っ赤なファンタジーめいた服装に、私はやっとこれが巷で流行りの異世界転生…いや、異世界召喚ではないかと察した。
小説とか読まなかったけど、アニメとかCMでちょっと見た。駅のポスターとか、PVとかで流れているから概要はなんとなくわかる。触りだけなら知っている。なんか異世界召喚とか転生とか流行ってるんでしょ? 従兄弟がいたからゲームのお約束とかなら知っている。
ということは。
「やっぱり誘拐犯じゃねーか!」
「誘拐犯じゃない!」
「怪しげな儀式で幼女を親御さんから引き離しといてよくそんなことが言えるな! この犯罪者! 近寄るな!」
「うぇ、ひう、おかぁしゃっへぐっ」
キンキンした声で泣き叫んでいた幼女だけど、この頃には力尽きてうさぎに顔を押しつけて泣いていた。私の抱っこと幼女に挟まれてうさぎさんはぺったんこの瀕死状態だけれど、幼女の心の支えとして奮闘している。自称王子からは、丸まった幼女の背中しか見えないだろう。
しかしその姿に心を痛めたのか、焦ったように言い訳をする自称王子。
「誤解なんだ。話を聞いてくれ…」
彼曰く、誘拐ではなく召喚。
まずこの世界は今、危機に瀕しているらしい。
この世界には魔物がいて、魔法があって、人間がいる。人間はとても弱いが知恵があり、魔法を駆使して生活していた。
しかし魔物の存在は人間にとって脅威で、魔法があっても魔物に襲われて死亡する人間の数は一向に減らない。
ただでさえ魔物で苦労しているのに、三百年の周期で世界の淀みから魔王が生まれる。
魔王が生まれると魔物が活発になり、異常気象が頻繁に起るようになる。それは魔王を討伐するまで続く。魔王は世界の淀みでできているので、存在するだけで世界に様々な負の連鎖を起こすようにできているらしい。
そして世界の淀みでできた魔王を討伐できるのは、この世界とは違う断りで生きる人間…勇者しかいない、らしい。
これはその勇者を召喚する儀式で、召喚されたのが私とこの幼女の二人。
女子供が召喚された事例はないが、召喚されたのだから勇者に間違いない、と。
流石に大きな部屋の壁際から移動して、会議室っぽい長椅子と背の低いテーブルのある部屋に通された私たち。私にべったり貼り付いたままの幼女を引き剥がすのは流石に良心が痛むのでそのまま。私と幼女、テーブルを挟んで自称王子と座って事情を説明されたけれど。
私がまず言いたい一言は。
いやふざけんな。
「…話はわかった。やっぱり勇者召喚。流行りのあれ」
「流行り…?」
「流れはわかる。わかるけど…勇者?」
「ああ、勇者だ」
「よく見ろ。私もだけど、この子勇者か?」
「……」
私はべそべそ泣きつかれ、怯えた目をしている幼女に視線を促した。
自称王子は押し黙り、言葉を探している。私は容赦なく追撃した。
「よく見ろ。この子、勇者か?」
「…幼児だ…!」
よかった認めてくれて。
苦しげに、罪悪感で死にそうな顔をしながら自称王子は胸を押さえた。思ったより表情豊かなやつだ。私は我が意を得たりと語調を強めた。
「どこからどう見ても勇者じゃなくて幼女だろーが! 私だってそこら辺にいる適当なJKだよ! マジふざけんなよ誘拐犯どもが!」
「だからこれは誘拐ではなくて」
「自覚なしとかどうしようもねぇな! 誘拐だろうが幼児誘拐! 女子高生誘拐! 幼児を親御さんから引き離すとか鬼畜の所業だかんな! 絶対その儀式失敗してるから! さっさと私らを家に帰せよ!」
「その…一応帰還は可能なのだが…」
「えっマジで?」
怒鳴り散らしたが、召喚したけど帰れませんというありきたりな設定だったらどうしようと戦々恐々していたので、帰還可能と聞いて驚いた。
腹の底からほっとする。だが自称王子は気まずそうに視線を逸らす。
「召喚に必要なマナは…魔王を倒さないと補充されないのだ…」
「クソ仕様!!」
マナがなんだか知らないが、結局魔王を倒さないと帰れない仕様だった。
儀式失敗の上に魔王を倒さないと帰れないとか無理ゲーじゃんと喚いた私だったが、まさかの事態が発生する。
自称王子の後ろに実はずっと控えていた、白と青の法衣を着たなんか教皇様っぽい格好のおじいちゃん。彼が持ってきた長方形の箱に封印されていたなんか豪華な剣が、泣きつかれて寝そうな幼女に反応して、ピンク色に輝きその形状を変えた。
そう、剣から別の形になった。
魔法少女が持っていそうな、リリカルなマジカルロッドに。
「ぷいきあ!」
「マジかよ」
そう、魔法少女が持っていそうな、ピンクのあれ。
うそだろ。
聖なる武器は勇者にとって最も適した武器の形をとると言い伝えられている。じゃないわ。
つまり、ガチで幼女が勇者であることが決定づけられてしまった。
というかぷいきゅあって魔法少女? 素手で戦ってなかった?
なんて疑問が駆け巡るが、それより重要な疑問が一つ。
「…じゃあ、私は?」
「…この子の姉では?」
「ちげーけど」
「まさか、母…?」
「産んでねーよ!」
ここでやっと、私がこの召喚に巻き込まれた、全く関係ない一般人であることが判明したのだった。
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