トレーニング施設と失礼な王女

 図書館を出て右には中々に大きなカフェがある。

 これは確実に生徒だらけだろうな。

 大きいと行っても一般寮よりも小さいし、一般寮の生徒が詰めかけてきたらパンクするだろう。


(自分が利用することは…誰かとの用事で仕方なく訪れない限りはないかも知れない)


 そして次に左を向くと小さな礼拝堂らしき建物がある。 

 なるほど、確かにデメトル様を信仰する者も入学してくるだろうし、必要だな。


(周辺で目新しいものはこれくらいか)


 そう思い図書館の入口前から右方向に歩き出してみる。


 そのまま歩いていくと何やら前面のほとんどが、コンクリートみたいな格子状の枠に長方形のガラスがはめ込まれ、中がスケスケになっている建物がある。


 そのガラスからはトレーニングをしている生徒たちが見える。腕立て伏せから腹筋背筋など、前世も見覚えのあるような筋力トレーニングをしているようだ。


(魔法学院にも肉体派の生徒がいるんだな。イメージ的にインテリ軍団かと思っていた)


 だが、流石に魔法学園のトレーニングルームとなれば、ただ肉体を鍛えるだけではなく魔法力を鍛える設備もあるはずだ。


 それに魔法力を鍛えることができる設備があるならば、自分も利用する機会があるかも知れない。


 そう思いトレーニングルームに足を踏み入れる。

 そうすると、最近お馴染みになってきた受付がここにもあったので立ち寄り、受付の男性に話しかける。


「すいません、ここは初めてなのですが、どういった事ができるのですか?」


「お、初めてか。ここでは肉体を鍛え上げたり、魔法のトレーニングが出来たり、さらには幻影魔法を発動する魔法陣で仮想の敵を出現させて、実践に近い戦闘が出来たりもするし、もちろん対人戦のためのフィールドも用意されている。君はこれらで何かピンとくるものはあるかい?」


 もちろん魔法力向上だろう。


「でしたら…やはり魔法学園に入学する者としては魔法の訓練がしてみたいですね」

「君、入学予定の子だったのか!入学前から己を鍛え上げようとする精神、感心するよ!しかも見たところ、それなりに体を鍛えているだろう?」


「あー、そうですね。ヤヌスの剣術を一通り修めているので、それでですかね」

「なるほど!その肉体を維持するためにここに通ってくれても歓迎だからな!」

「あ、はい。考えておきますね」


 まあでもそのために来ることはないかも知れない。

 剣の訓練は寮の部屋の中でも十分できるし、こっちにもシャワー室とか風呂はあるだろうが、部屋の中でも同じことが出来てしまうからなぁ。


「ちなみに、施設の利用に代金は必要ないからね。利用の際には学生証…普通だったらそうなんだけど、君は入学前だし入学許可証を持ってたらそれを見せると良いよ。今は持ってる?というか、持ってないか」

 完全に手ぶらなのでそう判断したようだ。


「いえ、大丈夫です。持っていますよ」

 そう言い『収納』から入学許可証を手に出現させ掴んで渡す。


「おおー!君は【アイテムボックス】が使えるんだね!羨ましいなぁ」

「いえ。それで、利用はできそうですか?」

 許可証を確認している男性が顔を上げる


「うん、大丈夫! よし、魔法のトレーニングだったね。案内の表示を見れば分かるかもだけど、魔法トレーニング室はあっちだから、頑張って!」

「ありがとうございます。試してきます」


 そう言いいつものように頭を少し下げる。

 そして案内に従って魔法トレーニング室に向かう。


 その道中にも色々な部屋があり、ほぼ全ての部屋がガラス張りで廊下から見えるようになっているので見ているだけでもファンタジーが味わえて楽しい。


 ついつい観察してしまいそうになるが、理性で制して目的地に向かって歩き出す。

 そうして1分ほど歩いた先に魔法トレーニング室らしき部屋が見つかった。


 この部屋もガラス張りで外から何が行われているのか一目瞭然だからである。

 中では生徒の何人かが魔法を使って水晶のようなものに攻撃しているが、水晶がその魔法を吸い取っていく。


(おいおい、何だそれは。被害無しで魔法打ち放題ってことか?)


 そんなものが存在するなら、『ブラックホール』もここで練習してしまえば良いのではないかと思うが、考え直す。


(いや、流石に空間属性は使えないな。部屋の中がガラス張りで見えるから明け透けすぎるし、何より空間属性の極位魔法に水晶が耐えられたら逆に怖い。壊してしまったりしたら弁償とかになりそう…)


 光や闇、空間属性は使えないだろうし、他の六種の属性であっても極位魔法の発動は水晶破壊のリスクがあるし、使えても上位魔法までかな。

 そう考えながらトレーニング室に入ってみる。


 そもそもこのトレーニング施設自体が貴族寮よりも大きいほどなので、一つ一つの部屋のサイズも馬鹿みたいなことになっている。

 ついでに天井も、体育館程とまでは行かないものの高い。


 確認していないが、二階もあると思う。

 外から見た時の建物はこんなものじゃなかったからな。


 練習中の生徒の邪魔にならないように移動し、部屋の奥の空いているブースに向かう。

 ブース一つ一つに水晶が置いてあるようだ。


 さて、奥のブースに到着した。誰も見ていないだろうが、万が一を想定して『収納』から初日にもらった初心者用の杖を取り出して右手で握る。

 カモフラージュは大切だ。だから、詠唱も忘れない。


 試しに『ファイアーボール』を撃ってみようか。

 右手を上げて杖を水晶に向けてから、久々の詠唱魔法を撃つ。


「火よ、我が意思に従い火球と成りて敵を焼け。ファイアーボール」


 鍛えてきた魔力制御で出力を下位に押さえて発動する。


 今の自分はかなりの魔力制御力がある上に、【属性強化】【魔の才】【魔力運用】【魔力制御】など多くの魔法系スキルによる補助を受けられるため、それらを意識して制御しなければ、ファイアーボールでも上位魔法の仲間入りを果たしてしまう可能性があるのだ。


 まあつまりは、「今のはメ◯ゾーマではない、メ◯だ」をやってしまわないように気をつけるということだ。


 そうして放たれたファイアーボールは、目論見通り5歳のあの時に撃ったものと同じくらいのサイズになって杖の先から放たれ、3mほど先にある水晶に近づいたかと思えば火球が吸い込まれて消える。


 火球を吸い込んだ水晶の中心が少し赤く光って消える。

「おお、面白いなぁ」


 この水晶の許容量が気になるので次は上位属性である雷属性の中位魔法を放ってみる。


 杖を上に向けてから魔力を制御してから詠唱する。

「雷よ、我が意志に従い集え、幾ばくの雷矢と化し放たれよ。サンダーアロー」


 雷属性の中位魔法については両親にもらった魔法書に書いてあったので、基本となる詠唱も知っている。

 詠唱はほとんどしないのでうろ覚えだが。


 振り上げていた杖を水晶に勢いよく向けて発動させる。


 5本に抑えて出現していた矢が、まとめて弾かれたように水晶に向かう…のだが、やはり水晶に吸い込まれてしまう。


 サンダーアローを吸収した水晶が今度はかなり大きく黄色く光る。


「これは、水晶の許容量が限界に近いってことかね」

(これ以上はやめておこう。外聞もあるし、弁償も怖い)


 そんなことを思っていると、【気配察知】が反応したのでその方向を向く。

 制服を着た小柄な金髪ショートの女性…子供?がこっちに来ている。


 なんじゃい?


「ねぇ、あなた名前は?」

 ちょうど良いしこの水晶について知っていれば聞きたいが、面倒な感じならスルーしよう。


「あの、どなたでしょうか?」

「なぜ私が貴方のような者に名前を教えなきゃいけないの?というか、いちいち言わなくても分かるでしょ?」


「うわ、面倒だな。(寡聞にして存じ上げないのですが、よろしければお名前を教えていただいても?)」

「ッ! 何よ!その言い草!!」


(やべぇ~!どこの誰だか知らんがあまりに失礼すぎて本心と建前が逆に…)


 とはいえ、こんな面倒そうなクソガキにかまっている時間はないため、黙ってサッサとその場を離れようとする。


「ちょっと!何黙って逃げようとしてるのよ!!」

 そう言って腕を掴まれる。


 やめろ、自分には女性に対しての免疫が無いんだ!!


「…なんです?」

 動揺を隠しながらそう返す。


「だから、貴方の名前を聞いているの!2度も言わせないで! 制服も着てないし、学園の生徒じゃないの?」


 あー、制服か。何も言われなかったから着ていないが、必要なのか?

 こいつも明らかに新入生の背丈なので、新入生は制服を入学前でも着なきゃ駄目だったのかもしれない。


 ちなみに今の服装は白の襟付きワイシャツに黒のズボンという、少し日本での服装を意識したファッションだ。


 …はい、すいません。冗談です。


 ファッションとか全くわからないので、持っていた服で前世の定番の服装を真似しただけです。 


「…あなたは新入生ですか?」

「ええ」

「なら制服は入学前でも着用が義務づけられているので?」

「それは自由よ、って、だから名前!何で私が貴方の質問に答えなきゃならないのよ!!」


 いちいちうるさいなこいつ。

「ちょっと!その明らかに面倒そうな顔をやめなさいよ!!私が誰だか分かっているんでしょうね!!」


 周囲で魔法の練習していた生徒たちも、この大声に惹かれて興味深そうにコチラを見ている。


 まじで誰なんだよこいつ。何か?やんごとない誰かか?

 いや、それはもはやどうでもいい。


 必要な情報を得るという明確な目的があるのだから、いくら女性相手でも今は関係ない。


「…存じ上げませんがそんなことはどうでもいいので、名前を教える代わりに一つ質問に答えてもらっても?」

「どうでもいいって何よ!コイツ…もう!分かったからその顔やめなさいよ!!」 

「どうでも」の時点で思い切り嫌そうな顔をしてやる。


「では質問ですが、あの水晶は魔法を吸収できる許容量に上限があるのですか?」


 知っているか分からないが一応聞いてみる。


「あるわよ」

「具体的には?」

「…基本属性の上位魔法を3、4回連続で撃ちさえすれば壊れると聞いたことがあるわ」  


(いやー良かった。ぶっ壊していたら何があったことか…。)


「壊してしまったらその人が弁償することに?」

「ええ、そうよ、って違う!質問は一つだけだったでしょう!早く名前を教えなさい!!」


 チッ、バカそうだから気づかないと思ったのだが。

 だが取引は取引だ。


「セグストです」

 迷惑料と情報量を計算して姓は省く。


「ふぅん…ってちょっと!!何逃げてるのよ!」

 そう言って周囲の奇異の視線にさらされながらも駆け足で逃げる。【身体強化】のおまけ付きだ。


 あんなのと関わっていたら100%面倒なことになる。

【完全隠蔽】で気配を完全に遮断して、逃げるように廊下を走り施設を出る。


 そして施設を出たところで気配を元に戻す。

 まあいい、施設のお試しは出来たしな。

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