Eランク昇格試験
そうして歩いているとすぐにギルドに到着する。
昨日と同じように閑散としたギルドに入って依頼ボードを確認する。
が、そういえばFランクからEランクへの昇格条件を聞いていなかったので、いつもの中央の受付に聞きに行く。
「こんにちは。すいません、質問があるのですが」
「こんにちは、カイさん。何でしょうか?」
「FランクからEランクへの昇格条件を教えいただけませんか?」
「ああ、すみません。言いそびれていましたね。昇格条件ですが、Eランクからは魔物に相対するための戦闘能力が必要とされてきますので、ギルドの試験官にある程度の実力を見せれば昇格となります」
(何だ、簡単じゃないか。先に依頼を受けようとしなくて正解だった)
「なるほど、それは今からでもお願いできるのですか?」
「ええ、この時期は魔法学園に入学するために来た方たちがロアルドに増え始める頃なので、ギルドでもそれに合わせて毎日昇格試験を受けられるようにしております」
「では、試験の方をお願いしてもいいですか?」
「承知しました。担当試験官に伝えて参りますので、少々お待ちください」
そう言って、受付職員が受付から離れてどこかへ行く。
少し受付で待っていると、声をかけられる
「おう、坊主がEランク試験を受けたいってやつか?」
その声がした方に顔を向けると、中々に厳つい感じのおっさんが立っていた。
「えっと、はい。そうですが、あなたは?」
「俺がその試験の試験官だ。ダーネルと言う。じゃあ余計なおしゃべりはせずに、さっさと訓練場に行くぞ」
「は、はい。」
その試験官はそう言うとサッサと訓練場があるだろう場所に向かっていく。
「…おい見ろ、あの子供、よりにもよってダーネルが試験官とか、ついてねぇな…」「運の悪いことだな…」
なんだかすごく不穏な会話を耳にするが、それどころではないので慌ててダーネルについていくと、学校の中庭ほどの広さの場所に着いた。
まあギルドには訓練場があるものだよな。知らなかったけど。
「じゃあ早速試験を始める。お前は剣を使うか?」
「はい、ヤヌス流剣術を習得しています」
「なら、試験内容は俺の大剣と一合だけ打ち合ってもらうだけでいい。そして、合格条件は秘密だが、俺が大丈夫だと判断したら合格だ」
(何だその恣意的な合格条件は…。まあだが、ギルドがそんな意味のないことをするとは思えないし素直に従おう)
「分かりました」
「お前、肝心の剣はどこだ?まさか、忘れてきたのか?」
「いえ」
そう答えて『収納』から父にもらったアダマンタイトの両手剣を右手に出現させる。
「いつもは【アイテムボックス】の中に仕舞っているんです」
「ほぉ…【アイテムボックス】か。こりゃおもしれえな。お前、名前は?」
「カイです」
「カイ、ね。覚えたぜ。さあ試験を始めようか」
そう言うと、ダーネルからの圧が急激に増して自分に襲いかかってくる。
「ッ!?」
(何だ、これは…。今何をされている? 精神攻撃的なスキルか…? いや、【全耐性】を持っている自分にスキルでの精神攻撃は不可能なはず…。ならなんだ、存在感のようなものだけでこれほどまでの圧を感じているというのか?)
冷や汗が止まらない。焦燥や恐怖の感情が止めどなく胸に迫り上がってくる。
こういう表現、ファンタジー作品だったら…。
そうだ、威圧か何かだ。そういう威圧を受けるシーンで受けた側がこういう状態になっていたのを思い出す。
子供の頃に悪いことをしてそれが露見した瞬間や、厳ついヤンキーに外で偶然絡まれたと自分が認識した瞬間、大学でレポートを完成させた時にテーマ自体が間違っていることに気づいた瞬間に感じたことのある、あの急激に胸の奥が冷えるような感覚に包まれるようなアレだ。
…例えがファンタジーらしくないのはご容赦いただけないだろうか。
エリュシオンに来てからこの感覚に包まれたのはこれが初めてなので、前世のことばかりが脳裏によぎってしまう。
「どうした、カイ。来ないのか?」
気づけばダーネルがいつの間にか大剣を構えてコチラに向けている。
(嘘だろ、威圧に当てられて大剣を構える動作に気づけなかった…)
なんでこんなのが試験官……待て、そうか、威圧に立ち向かう勇気だとかを判断しようとしているのか?
魔物を討伐し始めるEランクになろうとしているのだ。
もしかしたら、これから圧倒的な魔物に偶然遭遇してこんな風になってしまう可能性がいくらでもあるし、相手の圧に飲まれて何もできないようでは命に関わるからな。
それが理解できれば、何も分からない状況よりは余裕も出てくる。
だから、何とか両手で剣を持って構える。
「そう来るか。なら、そのまま打ってこい!!!」
そう大声で言われ、半ば自棄になって今感じている恐怖や焦燥、そのすべてを無理やり爆発させて、それらを糧に自らを鼓舞しダーネルに急接近する。
前世と違って、今度は心から楽しくやっていけそうな世界なんだ。
このエリュシオンで楽しく生きていくために、そんなものにいちいち怯えている暇なんかない!!!
「ツウィルッ、ハウッッッ!!!!」
型の名前を叫び、できるかぎり自らを鼓舞させ、すべてを乗せた一撃をダーネルに放つ。
ガキイイィィィィィン!!
剣と剣がぶつかり合い、耳が劈くような音が鳴り響く。
そうして、ふと気付くとダーネルからの圧が消失していた。
「…やるじゃねぇか。新人にしてはかなり重てぇ一撃だったぞ」
「……ふぅぅ…。はぁ…勘弁してくださいよ、急にあんな圧掛けてきて…」
「ははは! まあお前はそれを乗り越えて俺に一撃を放ってみせた。試験は合格だ」
「はぁ…そうですか」
張り詰めていた緊張が解け、まだ感情の整理ができない。気のない返事をしてしまう。
「ほら、シャキッとしろシャキッと」
「そう言われても…」
「実はな、一合打ち合ってもらうと言ったが、合格のためには別に、本当に打ち合う必要は無かったんだ。俺からの威圧に対して少しでも何か行動できたやつは合格にしている。声を上げるだけでも合格だった。こういう状況でただ殺されるのを待つだけの獲物になるようなやつじゃ、この先やっていけないからな」
(そうか、そうだな。そうだろうな。Eランクへの昇格試験でこんなCとかBランクでやるようなことをできるやつが早々居るとは思えない)
「だが、お前は自らを鼓舞し俺の威圧に抗って一撃お見舞いしてみせた。ここまでやって見せたFランクを俺は久しく見ていない。本音を言うなら、もうCランクくらいにしてやってほしいくらいなんだぜ?」
「それは…まあ、はい。ありがとうございます」
「引き摺りすぎだっての。切り替えの速さも冒険者には必要な素養だぞ?」
(…まあ、一理あるか。うん、流石にそろそろ切り替えよう)
両手で頬を挟むように叩き、意識を切り替える。
「もう大丈夫です。受付の職員の方に合格だったと伝えてもらえますか」
「はいよ。じゃ、カイ。お疲れさん」
「わざわざありがとうございました」
「良いってことよ」
そう言って、肩の上で右手をヒラヒラさせギルド内に戻っていく。
そして、自分はそのまま背中から地面に倒れ込んだ。
訓練場に向かう直前、他の冒険者が話していた言葉を今になって理解する。
「そりゃあ、あんなふうに言われるわけだ」
(はぁ…こんなのがエリュシオンには居るのか…。存在感だけでこれほどのことをしてくる存在が)
スキルや魔力量でどうにもならない部分からの攻撃に対して、自分はこんなにも無力なのか。
やはり、依頼をこなすなりしてもっと実戦経験を積まねばならないな。
今まで対人戦闘といったら訓練で父や兄と打ち合っただけだし、魔物との戦闘もリーベル領にはスライムやゴブリン程度しか居なかったし、自分には全然戦闘の経験が無い。
スキルや魔法が優れていても、本人に様々な経験が無いのなら宝の持ち腐れだろう。
(何が一人で自活できる能力だ、こんなんじゃあ一人で色んなところに旅に行くなんて、厳しいだろうに…。驕っていたな…このままじゃいつか絶対に足を掬われる)
自由にこの身一つで世界を旅するなら、あれくらいのことなら涼しい顔で居られるくらいには経験を積まないと、か。
だが、良い経験になったと思う。ああいう状況を一度経験しているか、していないかでこの先、咄嗟の場面で生死が分かれる瞬間もあるだろうしな。
そう結論付けて立ち上がって、誰も見ていないので背中の砂埃を無詠唱の風魔法で吹き飛ばしてからギルドに入る。
そういえば、さっき一撃を入れた型だが、あれはヤヌス流剣術の基本技の1つで「ツウィルハウ」という技だ。
怒りの一撃とも言われ、斜めに力強く振り下ろす攻撃技で速さと力を兼ね備えた攻撃。
あの状況なら溜めも許されていたし、最大火力が出せるこの型を選択した。
そして、ギルドに戻り受付に行くと、
「カイさん、試験合格おめでとうございます!ダーネルさんが珍しく褒めていたので驚きましたよ。では、これからあなたはEランク冒険者になりますので、ランクを更新するためにギルド証をいただけますか?」
と言われたので、いつものごとくコソコソしながら『収納』から取り出してギルド証を渡す。
「ありがとうございます」
そう言っていつもギルド証の更新をしてくれる職員にギルド証を渡す受付職員。
「あの、忘れない内に聞いておきたいのですが、EからDの昇格試験はなんですか?というか他の昇格試験の内容も教えていただけると助かるのですが」
「ああ、たしかにそうですね。分かりました」
そう返してくれたので、『収納』から万が一のために持ってきた筆記用具とメモ帳を取り出す。
「まず、EからDですが、Eランク推奨の魔物の討伐依頼を4つと、Dランク推奨の魔物の討伐依頼を1つ受けていただき、それらを達成すればDランクに昇格できます。次に、DからCですが、この際にも今回のような昇格試験があり、こちらはギルド側が選出したDランク冒険者4人でパーティーを組んでもらうことが条件の試験を達成すれば、Cランクへ昇格になります」
と、そのタイミングでギルド証を更新してきたであろう職員がギルド証を受付職員に渡す。
「先にギルド証を渡しておきますね。どうぞ。…では続きですが、CからBへの昇格には、Bランク級魔物を3体、討伐依頼内で討伐することが条件です。そしてBからAですが、AランクはSランクを除いた実質的なギルドの頂点ですので、ギルドによって性格や人柄などに問題がなく、実力もAランクに見合う人物であるとの判断を下されることが1つ、大規模な災害、スタンピードやギルドマスターによる強制受注の緊急依頼で貢献した実績が1つ。最後に、貴族からの指名依頼を経験しておくことが1つ。それが揃って初めてAランクの冒険者へと昇格できます。」
(まあ順当な昇格基準だと言えるだろう。メチャクチャなものはない。貴族の指名依頼に関しても、Aならランクなら貴族から直接依頼を受ける機会もあるだろうしな)
「そして最後にAランクからSランクへの昇格ですが、ギルド本部であれば明確に基準が分かるかも知れませんが、私からはなんとも言えません。そもそもSランク冒険者自体が3人のみしか存在しておらず、モデルケースがほぼ無いに等しいですから。」
(3人か、そんなのに遭遇したら流石にマズイかも知れない)
「彼らは国家レベル以上の戦闘能力を個人で保有しているような規格外の存在で、ギルドも流石に手に負えないことから、例外的にギルドがSというランクを作り出し、対外的に3人のSランク冒険者を刺激しないよう周知しているのではないかと思います。ですから、そのレベルまで行けばSランクとして昇格せざるを得なくなるのではないでしょうか、というが私個人の私見です」
(うむ、どう考えても化け物だな。これぞ異世界、個の存在が多の存在を凌駕できてしまうという、前世では考えられない法則が成りなってしまうのだ)
「すごいですね、そのSランク冒険者というのは…」
「私もそう思いますが、彼らは基本的に姿を見せないことから、実質的にAランク冒険者がトップと言われるわけです」
「なるほど…」
(ダーネルでさえSランクでないのなら、Sランク冒険者とは一体どれほどの存在なのか、想像もつかないな。少なくとも、それらに遭遇しないようにすることは重要そうだが、そんな存在だと自分じゃ対策の仕様もなさそうだし…)
空間属性の極位魔法『ブラックホール』も早く完成させておいたほうがいいし、今度本格的に誰もいなさそうな場所を探し出して転移できるようにしておかなければ。
「さて、長くなりましたが、以上が各ランクにおける昇格条件の全てです」
「非常に勉強になりました。ありがとうございます。では、自分は早速依頼を探してきます」
「承知しました」
しっかりメモしておいた。メモ帳と筆記用具はここで『収納』しておく。
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