Case.68 宣戦布告する場合
「わー! カイチョーかわいいー!!」
「だろ! 絶対に似合うと思ったんだよ!」
放課後、氷水は猫耳メイドになっていた。
火炎寺の要求は猫にちなんだコスプレ。何でそんな物が本部にあるのかは知らんけど。
氷水の姿が後生にも残るようにと、既にたくさんの写真を撮影済み。
苦悶の表情を浮かべる氷水。しかし抗うことはできず、唇を噛み締め耐えていた。
あまりにも短い丈のスカートのため、もう少しで俺の目線から聖域が望めそうだ。
「さてさて、七海くん。反省した?」
そう、俺は正座させられていた。石抱という江戸時代の拷問式で。
氷水との行為、交際の噂。それら全て一から説明したってのに……
「どうして俺ばかりこんな目に!」
「やーね。七海くんったら罪の意識ないみたいですよ。校内で変態的行為に及んでいたというのに。ああ恐ろしい恐ろしい」
「もう一つ石を乗せるか」
日向と火炎寺がわざと俺に聞こえるようにしてヒソヒソ話をしている。しかもそこに声は聞こえないが初月も参加していることに心が一層抉られる。
「さっきも説明したけど、俺からは何もしてない。てか、そもそも日向は氷水との件は全部知ってんだろ!」
日向が俺を氷水に売ったんだ。忘れてねぇぞ。
「あゆゆ」と日向が合図をすると火炎寺がさらに石を積み上げギャァァア!!
「さてさて、この写真は拡大コピーして掲示板に貼っとこー」
「それはやめて!」
「ならば、ワタシたちに部室と部費をさっさと明け渡すのだー! 失恋更生委員会は正式な部活動として認められたんだからね!」
「部室はそのままここの空き教室使いなさいよ。特に問題ないし。けれど部費は毎年、活動実績を元に決めているからすぐには無理よ」
「活動実績〜? えぇーワタシたち立派に失恋更生してるよー?」
「活動だけじゃ意味ないのよ。優勝や金賞があるわけでもないし、そもそも活動内容が生徒によく知られていないじゃない」
「う〜ん、まだ認知度低いってわけかー……」
と、日向は俺と氷水を交互に見る。
「なら、改めて宣伝しよう! ワタシにいい考えがあるよ」
「ふっふっふっ〜」と不敵な笑みを浮かべる日向。
嫌な予感しかしない……。
**
「七海……私はもうあなたに付き合いきれない。別れましょう」
「どうしてだ……俺のどこが嫌いになったんだよ!」
「そういうところを一々聞いてくるのがしつこいのよ。あなたと付き合ったのは気まぐれ……いえ、気が狂ったみたいだわ。では、新しい恋でも見つけてください。さようなら」
氷水はそう別れを告げて立ち去った。
「うぉー、何でだ氷水ー」
俺はフラれた……翌日の昼休み、目立つように南校舎の正面玄関前で。
そう、これは日向が思い付いた案。
「──失恋更生委員会の宣伝ついでに、七海くんとカイチョーが別れるところを見せつけるんだよ!」
氷水が俺を振ることで別れたことを演出し、そして氷水はやはり振る側の人間であるという面目も持たせる。
「そこの失恋坊や! どうやらフラれたようだね!」
言わずもがな、俺はまた失恋した人間として学内中に知れ渡るわけだが、「もういくつあっても平気でしょ!」と日向に決めつけられる。
確かに失うものはないが、ちょっとは傷付くんだぞ。
悪目立ちしてるから最近教員からの評判も悪いし。成績に関わったらどうする!
って誰が失恋坊やだ!?
「というわけで〜! 失恋更生三三七拍子!! せーの!」
「『「ド・ン・マイ。ド・ン・マイ。フ・ラ・れ・て・ド・ン・マイ」』」
あの日、校舎裏で披露した失恋更生三三七拍子は、太鼓の音が追加されたことで、より派手に進化していた。
初月と火炎寺はそれぞれの担当用具を持ち、旗は俺の代わりに日向が持っている。
拡声器で喋るわ、太鼓は派手に叩くわで、氷水との演劇時よりも窓から見ている生徒は倍増している。
「さぁ! キミもこれで失恋更生だ!! 元気出たかな!?」
「うん! すっごく元気出た! もう前しか見えないぜっ⭐︎」
「うむうむ! じゃあキミもワタシたちと一緒に迷える失恋者たちを更生していこう!」
「うん!」
なんとまぁ、胡散臭い演技をしたものだ。幼稚園の発表会みたいになってしまった。
旗を渡された俺は初月の横に並び、そして全員で校舎にいる観衆に向き直す。
「ワタシたちはどんな失恋も必ず更生させるよ! 太鼓で、拡声器で、背中を押します! この旗が目印! あなたを応援する組織、それが失恋更生委員会!! どうぞよろしく!!」
日向がそう宣言すると、まばらに拍手が起こった。
ほとんどの人が疑問符を頭に浮かべているが、もう学内での知名度はバッチリだろう。
「はい、新入り君。何か言うことある?」
「はっ!? あるわけないだろ! いきなりアドリブ振るんじゃねぇ!」
「そう~? 何か言いたげな顔してたけど」
日向がしたり顔をすると、何かを察したように初月が拡声器を俺に渡す。
言いたいこと……俺は失恋をきっかけに、クラスから完全に孤立した。
いや、本当は気付かなかっただけで、もっと前から浮いていた。
だが、今の俺には居場所がある。本当に前だって向いている。
これは俺にとって宣戦布告でもあるんだ。
こいつらがくれたチャンス。
なら思う存分使ってやろう。
『……もしかしたら俺のことを嫌いな奴もいるだろう、惨めだなと思ってた奴もいんだろ。だが、俺はそんなこと気にしない。お前らが恋に悩んだ時、失恋に怯えている時は、俺たちが助けてやる! 痛いくらいに背中を叩いてやる! だからいつでも相談受付中!! 南校舎三階端の教室にて待ってるぜっ!』
「にしし、ナイス宣伝だね! 七海くん!」
「おい!! 貴様ら何を騒いでいる!!」
「やばっ、生徒指導の先生来たぞ」
「じゃあ、あの夕日に向かって逃げるのだー!」
「「「おー!」」」『おぉ……』
太陽は真上にあるがな。
日向を先頭に、俺たちは食堂があるC棟に向かって走って逃げた。
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