Case.67 誤解されている場合


「俺と氷水が付き合ってるぅ!? なんで!?」


 校舎裏──俺が雲名に告白した場所にて、氷水からそんな話を聞いた。


「そんなの分かんないわよ。昨日からずっと『氷水さんもとうとう彼氏できたんだね』って言われ続けていたんだから」


 俺が殺意を向けられているのに対し、氷水の場合はクラスの女子からそういじられていたらしい。


「何でさっさと連絡してこないんだよ」

「文章で伝えるより直接伝えた方が早いからよ。あと、七海も同じ目に遭わせたかった」

「おかげさまで俺も遭ったよ、肩パン交通事故によぉ……! んで、なんで俺たちがこんなことに……。幼馴染だからか?」

「ほとんどは幼馴染だってことすら知らないでしょ。私たちが付き合ってるだなんて、そんなのお母さんに嘘ついた時に屋上で喋ったくらいで……」


「………………」

「………………」


「「それかぁ……!!」」


 文化祭二日目。氷水は自身の親に向かって、嘘の交際宣言をしたあの時。

 沙希母以外いないと思っていたが、階段下にでもいた誰かが聞きつけたのだろう。結構大声で話してたし。


 氷水沙希は何度も言うように人気生徒会長だ。多くの男を振ってきた、校内でも指折りの美女。

 そんな彼女に、彼氏が──ましてや俺みたいな嫌われ者であってみろ。

 氷水の地位が失墜してしまうかもしれないほどの大スクープだ。


「これからどうするよ……」

「そんなの別れたってことにしたらいいでしょ。お母さんの前だけ誤魔化せばいいんだから」

「まぁ、そうだな。じゃあ今こうして氷水に呼ばれたのはフラれたってことにするか」

「そうね。それでいいと思う」


 すぐに話はついた。

 これで後はフラれた前提で過ごせば、問題なく済む……ことはないか。

 クラスでも浮いたままだろうし、一瞬でも氷水と付き合ったことで非リア共から執拗な復讐はあるかもしれん。あぁ、それと日向たちから励まされるかもな。


 とりあえず一限は既に始まっているが、今さら戻ったところで変な目で見られるだけなので、二限からしれっと戻ることにしよう。

 氷水も同じくサボりを選んだ。一時間ぐらい授業抜けたところで、こいつの成績と内申に影響はない。



「──ところで七海」


 ……この猫撫で声。大方予想はついて嫌な予感がする。


「いいえ政宗」

「七海だよ。なんだよ」

「まさむねぇ……私ね、文化祭頑張ったの。すっごくすごく頑張ったのぉ。だから、『頑張ったね』ってヨシヨシしてほしい」

「しねぇよ。ここ学校で、しかも外だぞ! 誰かに見られたらどうすんだよ!」

「うるさいわね、政宗が活動休止になって、文化祭のストレスも溜まってる私を慰めてあげようと思わないわけ? 七海が風邪なんて引くから私は二日も新規取り下ろしボイスを我慢したのよ!?」

「俺の声を新規取り下ろしボイスとかで言うんじゃねぇよ!」

「それに、別れたらってなったら今後七海と学校では会いにくいでしょ。こうしてみんなが授業受けてる今がチャンスよ! これで最後だから、ほんとに! 先っちょだけでもぉ〜!」

「何だお前!?」


 現に俺たちがここで会合しているのは、見られてないと思ったのが聞かれていたからなんだよ。

 そんなことはお構いなしに、ただただ自分の欲を満たしたいがために、氷水はあぐらをかく俺の足の上に仰向けになって頭を置く。

「にゃんにゃーん」とそのまま猫の鳴き声を真似て、頭を撫でろ、顎を撫でろと命令してくる。もちろん政宗の声でかけ続けるオプション付きでだ。

 仕方なしに、望むままのことをしてあげた。


「ふひ、ふへへ」


 美人な顔が台無しだ。

 つーか、俺は対価以上の働きしてるし、もっといい報酬を貰っていいんじゃないか?

 例えばだな……いやらしいことを考えてみたけども、沙希母がよぎって思いつくのをやめた。


「ったく、こんな姿見られるくらいなら付き合ってると誤解された方がまだマシ──」


「──何やってんだ、お前ら……」


 氷水ではない女子の声がした方にすぐ目を向けると、そこには目を見開いた火炎寺がいた。


「「ぬわぁ!?」」


 こちらも同様に開眼。

 氷水は素早く素に戻り、その場で正座する。


「か、火炎寺歩美。今は授業中ですよ」

「特大ブーメランだぞ、それ」

「ど、どうしてここに……?」

「いや、眠過ぎてどうにもならないから、授業抜けて寝に来たんだよな。そしたら、ニャンコ──猫の声が聞こえたから来てみたら、まぁお前らがいたと」


 氷水のあの猫撫で声が本物の猫だと思ったのか。

 ははっ、氷水の声真似もなかなかやるじゃん。


 じゃねーよ!? 心配したそばから見られてんじゃねぇか!

 しかも火炎寺は日向や初月と違って、氷水の本性をまだ知らない。

 見ろあの可哀想なものを見る目! ドン引きしてんじゃねーか! 


「ちょっとお前のこと信用しようかと思ったのに、なんか裏切られた気分だわ」


 ついでに俺のこともゴミを見るような目で見てたよ!


「お願い火炎寺さん!! 七海は別に見捨ててもいいけど、私は見捨てないで黙ってて!!」


 速攻俺も裏切られたんですけど!?


「お願いします! 何でもしますから!」

「……今、何でもするって言った?」


 火炎寺はその言葉に反応した。

 え、こいつ何をする気だ? 俺よりもイヤらしいことを考えついているのか?


「な、何でもするとは言ってないわよ……」


 不用意に出た言葉を撤回しようとするも、もう遅い。

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