6章 【PURE】
Case.66 心当たりがない場合
「うしっ、治ったな」
体温計は36.2℃を表示している。
数日風邪を引いたことで安静にしていたが、無事に体調は絶好調になった。
「あ、なんや。あんた学校行くん」
「まぁ、体調良くなったしな」
制服に着替えてからリビングに下りると、化粧水を顔に塗りたくった母が美顔ローラーで顔面コロコロしてた。出勤準備のいつもの光景である。
母は週3で学区内にある児童館の事務をしている。
父は既に出勤済みでいない。
「ほぉーん、今日も休むんやと思って昼飯作り置きしといたわ。そのまま弁当に詰め込んで持っていき」
「まぁ、いいけど……」
皮肉じみた言葉を並べるも、毎食ご飯は作ってくれるし、忙しくて無理な日でもちゃんと食事代としてお小遣いをくれる。
まぁ、思春期の息子だし感謝を伝えるのは恥ずかしいからしてこなかったが……いや、思ったことはしっかりと口に出して気持ちを伝える。
俺はここ数ヶ月で学んだことだ。
「あ、あのよ──」
「それにしてもそない学校行きたいやなんて、日向ちゃんとは仲直りできたみたいでよかったわ〜」
「なっ!? ま、まぁそうだけど……別に関係ねぇよ!」
「あんなに昨日楽しそうに電話してたくせに〜」
「おぉい! 聞いてんじゃねぇよ!?」
とまぁ、いつもの如く母に揶揄われていたら登校時間が迫ってきたので、俺は急ぎ言われたとおり弁当を詰めて家を出た。
んぐぐ、やはり親にだけは完璧に見透かされちまうなぁ……!
◇ ◇ ◇
今日は火曜日。
文化祭があった土曜日からは中二日も空いたため、祭の余韻に浮かれていることもなく、学校はいつもの状態に戻っていた。
まぁ、クラスの打ち上げにも行かず、グループも勝手に抜けたわけだから、みんなからの見る目は余計に厳しくなっているだろうけど。
けれど、もういいんだ。俺はここに居場所は求めない。
あいつがいる失恋更生委員会で──
「痛っ」
「あぁ、悪いな。そこにいるの気付かなかった」
校舎に入るところで、クラスメイトから肩パンを喰らった。
なんだ、わざとらしいな。いつも思うが、この学校にいる奴らは幼稚な気がする。
やれやれだ、うちの委員長に匹敵するほどガキだな。
まぁ、ここは大人な俺が大人な対応で華麗に見逃してやろう。高校生ってのは子供と大人が混在す──
「いてっ!」
「あービックリした。急に出てくるなよ」
教室に入った途端に、二度目の肩パンを喰らった。
しかも悪いのは俺みたいな言い方だ。
ま、まぁいい……。こんな偶然もあるだろう。
そんなことで俺は怒らないっての……ん?
席に向かってから気付いたが、白い紙が俺の机に置かれていた。
『裏切り者がっ!!』の言葉を中心に、黒い太字のマジックペンで罵詈雑言が書かれていた。
え、あまりにも露骨過ぎない!?
貼り紙に気付いた時、前方にいた数人の男が俺を見て舌打ちをした。
なるほど……あいつらが犯人か。さっき肩パンしてきた奴もいる。
他のクラスメイトは俺が孤立したことなど無関心に、男女ペアとなって話している。
そうか、そこまで敵対心剥き出しにするなら俺だって考えがある。
今まで本気を出してなかっただけ……俺の右手が火を吹くぜ……!
──ちょっと待て。そんな中二病みたいな冗談はさておき。
さっきからやたらイチャイチャしてるやつが多くねぇか?
この二人、それにあいつらも……あそこまで仲良かったか?
それに犯人と思わしきグループは俺以外へも妬み嫉みをブツブツと唱えている。
改めてもう一度紙を見る。
すると、右下に『氷水さんはみんなのものだぞ。独り占めするな!』との文章が。
別にみんなのものでもないが……んん!? どういうこと!?
『リア充死ねっ!!』とも書いてあるし、現にカップルに向けて今も殺意剥き出しでいる。
どういうことだ? 心当たりが全くないんだけど……。
「七海!!」
朝礼ギリギリに氷水が駆け込み、廊下から俺の名を叫ぶ。
「はぁはぁ……ちょっと来て……」
ただならぬ事態が起こっていると言いたげな表情。
だが、あの氷水が廊下を走って来るなんて、本当にただならぬのかも。
俺も一刻も早く事態を把握したく、何か知っているかもしれない氷水の後を付いていく。
一限はサボることになりそうだが、もうそれくらいいいや。
去って行く俺の背中に、「駆け落ちがっ!」と男共の恨み節が炸裂しているけど。
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