Case.63 感謝を伝える場合
生徒だけでなく誰かの家族友達、地域住民が大勢いる人混みの中を掻き分けて進むのは難しい。
それに文化祭もピークを迎えているため、さらに大混雑しており動きづらい。
そんな中で辿り着いた失恋更生委員会の本部。
だが、ここにもいなかった。
二年の教室から階段を挟んであるこの教室は、文化祭でも開放されていないエリア。
廊下を出れば、すぐそこで賑わっているというのに、ここだけ嘘みたいに静かだった。
あいつがいつもいる本部も煩くて賑わしい。
一人になるはずだった俺を一人にしてくれなかった。
「何勝手に一人になってんだよ……」
埃が被った使われていない備品の数々。
その中でも目立つのが俺の担当である長い旗。
初めて会った時もあいつがずっと持っていたものだ。
──そうか、最初からあいつがこういう時、どこに行くか言ってたじゃねーか。
日向がきっといるはずの場所まで一時間はかかった。
いなければ無駄足だ。
だが、隅々まで捜すことなく日向はすぐに見つかった。
悲しい時、辛い時、そしてフラれたら来る場所。
……海に向かって砂浜で体操座りしている日向へと旗をコツンと振り下ろした。
「いてっ」
「はぁはぁ……よっ。捜したぞまったくっ……」
「……七海くん」
彼女が振り返れば、零れ落ちる涙は波に攫われて一緒に消えてなくなった。
嫌なことがあったら海に行こう。
それは日向が教えてくれたことだ。
「あははっ、七海くん。よくここにいるってわかったね〜。……はぁ。えっとぉ……」
「……俺はさ、周りに流される人間だ」
「え、急になに……」
「優柔不断だし一貫性もないし周りとヘラヘラ笑っているつもりだった。こんな俺でいいのかと思ったけど、楽しかったから、それでいいと思っていた」
「じゃあ、どうして来たの。みんなと文化祭楽しんでいればいいじゃん。ワタシのことなんて忘れてさ……、って、え……?」
俺は頭を下げた。
日向にとってそれが珍しいのか、少し驚いていた。
「ごめん。本当にごめん! 知らなかった。お前が俺のために怒ってくれたってこと。俺は何も見えていなかった。昔と何にも変わっちゃいなかった」
「え、えっと……あ、あはは。そんな、七海くんが謝るなんて、謝ることのほどじゃないよ。ワタシだってうるさくしちゃったし……」
「それでも謝りたい。俺が節穴で馬鹿だったから、お前を傷付けたことを。そして──」
頭を上げて日向の目を真っ直ぐに見た。
この言葉は相手を見て伝えたかった。
「ありがとう。俺の失恋更生をしてくれて。日向のおかげで俺はまた立ち上がることができた。本当にありがとうございました!」
むず痒くても、感謝を伝えられない人ではありたくなかった。
日向はずっと俺のことを気にかけてくれていたんだ。
「ちょ、な、七海くん。や、やだ恥ずかしいな〜!」
むず痒そうなのは日向の方だった。
「ワタシは──、ワタシはまぁ、委員長だし。委員を守るのがワタシの役目だからね! 委員に振り回されるくらい、わけないよ!」
「いや、お前に振り回されることの方が多かったけど!?」
「えー! そうだっけな~」
無茶苦茶な作戦で停学になるわ、不法侵入あげく初月を置いていくわ、もっとも一番最初なんて強引に俺を引き入れただろ。
「けど、それでも、もうお前に付いていくと決めた。だから勝手に一人でどっか行くなよ」
「七海くん……ありがとね。いっつもワタシの背中を押してくれて」
背中を押すというより、腕を引っ張って止める役割だと思っているけど……いや、一緒になって色々やらかしてるから、手を取り合って飛び込んでるのか?
「けど、七海くん。クラスのことはいいの? せっかくクラスに戻れるチャンスだったかもしれないのに……」
「……お前も人の話を聞かねぇな」
俺はスマホを取り出すと、ちょうどそこにグループRINEの通知が。
どうやら文化祭本編は終わったらしく、『最優秀クラスは二年六組のアニマルメイドカフェだってー』『でもおつかれー! この後打ち上げに行ける人ー?』と盛り上がっているようだ。
「──居場所くらいは自分で好きに決める」
クラスのグループから退会した。
トーク一覧からは消え、自分がいた場所は最初からなかったかのように戻った。
「い、いいの……!?」
「うるせぇな。俺は嫌われてんだぞ、無理していたってしんどいだけだろ。それに俺は失恋更生委員会の旗持ちなんだろ。俺はな……その、お前らと一緒にいた方がもっと楽しいと思ったんだよ!」
「七海くん……う〜バシャーン!!」
「何で!?」
日向はいきなり顔面から海に飛び込んでいった。
さすがに流れをぶち切り過ぎて理解不能。
「ハッハッハッー! 顔が汚れちゃったから洗っただけだよ〜」
大胆すぎるだろ! まったく……うちの委員長は破天荒だな。
でもまた見ることができた。
ニカッとした眩しいばかりの日向の笑顔を。
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