Case.62 何も知らない場合


「──あれ、暗幕足りなくない? どうする? これじゃ光漏れるけど」

「なら俺が生徒会に行って暗幕まだ借りれるか確認してくるよ」

「お、七海あざーす」

「俺に任せとけって」


 七海が教室を出た直後、さっきまで楽しげに会話していた生徒たちの顔つきが変わる。


「……七海って最近イキってるよな」

「だよなー。イメージ回復に必死なんだろ。RINEとか毎日毎日しつこいんだよな」

「分かるわー。メンヘラ並みに返信早くてうざくね?」

「うざいのは前からだろ」

「あー、THE高校生デビューって感じするもんな。無理しててマジ笑う」


 本人がいなくなったのをいいことに、悪口陰口の応酬をしていた。それも、普段から言い慣れているような盛り上がりだ。

 会話に参加していない生徒たちはいつもそれを黙認していたが、そこに偶然会話を聞いてしまった彼女がやってくる。


「──どうして七海くんのこと悪く言うの」


「あぁ? なんだお前」

「しつこい。イキってる。それの何がいけないの」

「……あー、急にしゃしゃり出てどうした」


 すると、一人の生徒があの日体育館で七海と一緒に叫んでいた日向だと気付く。


「──なるほどね。あいつの彼女かなにかか」

「別にそうではないけど……」

「なら何だっていいだろ」

「でも、七海くんはワタシたちの大切な友達、失恋更生委員会の仲間だもん! 仲間の悪口を言うことは許さないから!」

「なんだそれ。失恋更生って、あいつはただ寝取るのに失敗した冴えない奴じゃねーか。……ま、それになぁ、誰でも良かったんだよ」

「……どういうこと」

「お前も分かるだろ。同じ目標がある部活みたく、共通の敵がいた方がクラスは一致団結するもんなんだよ。たまたまあいつは運悪く目立っちまった。まぁー、そういう意味では、あいつもクラスのために頑張ってくれてるわけだな。なぁっ!」


 男が連れと一緒に周囲を煽ると、見届けていたクラスメイトは次第に口角が上がっていった。


「──笑わないでよ!!」


 だが、日向はそれを許さなかった。

 一喝に、生徒たちの口が塞がる。

 彼女は感情のままにリーダー格の男を突き飛ばす。


「っ……!? こいつ……!!」

「七海くんのこと何も知らないくせに。七海くんのこと何も見てないくせに。適当なことを言わないで! 自分たちさえ楽しければいいんだ……七海くんは、七海くんはぁ! みんなのために毎日毎日遅くまで頑張ってるんだよ。自分の時間を犠牲にして、みんなを笑顔にするために! それなのに……頑張ってる人のことを笑わないでよ!」

「キャンキャンうるせぇな! 勝手にあいつが一人でやってることだろ、頼んでねぇし」

「だったらそう言えばいいじゃん。陰で文句ばかり言って、嫌なら嫌って気持ちを直接伝えられないくせに、この意気地なしっ!!」




 ──ここからは俺も知っている。

 日向が騒いでいたのは──怒っていたのは俺のためだった。

 それなのに、真相を何も知らないで、俺は日向の想いを突き飛ばした。


「ごめん。全部私のせいだよね。キッカケだってそう。ハブられてるのも知ってたのに見て見ぬ振りして、あの時も止められなくて……」

「いいんだ。俺だって何も知らずに告白したんだ。そんなのお互い様だ」


 ……違う。俺は許せなかった。

 けど、それは日向と言い合いになった奴らにじゃない。俺自身にだ。

 どうして他人からこの話を聞いている。一番近くにずっといたはずなのに、何で俺はまた何も知らないんだ。


「…………俺……」

「……しつこい男はモテないよ」


 妙に心に刺さる言葉だった。


「けど、しつこいくらい構って欲しい時もあったりするんだよね。……行きたいんでしょ。行ってあげて。見回りなんて彼氏とやっとくし。私にはそれくらいしかしてあげられないから。……それに、ここまで頑張ったんだもん。少しくらいサボったって怒られないよ」

「……ありがとう、ちょっと行ってくる」


 好きだった人に背中を押され、俺は急いであいつがいるはずの模擬店へと向かった。


 今も昔も俺は何も変わっていない。

 周りが見えてないくせに、分かったつもりでいる。

 雲名を好きになった時と同様、相手のことを知ろうとせず自分のことばかり考えている。


 馬鹿だろ俺は。今まで何をしてきたんだよ。

 自分の気持ちは大事にする。だからこそ言葉にしなきゃ相手に何も伝わらない。

 全部、失恋更生委員会で知ったことじゃないか。




「七海くん……!」


 焼きそば屋で日向がいないことを確認した時、初月と火炎寺がやって来た。


「ぁの、七海くん、ひなたちゃんと連絡が取れなぃんです……! 13時になっても来なくて、その……」

「今、一組の奴に聞いたけど、日向はちょっと前に気分が悪いって言ってどっか行ったらしい」

「じゃあ保健室じゃねーか?」


 火炎寺が言うように急ぎ向かうが、日向はそこにもいなかった。


「ひなたちゃん、どこに行ったんだろぅ……」

「手分けして探そう。俺はこの校舎を捜すから、他を頼む」

「おい、いいのか。仕事があるんだろ?」

「仕事だよ。うちの委員長を見つける、それが俺たち失恋更生委員会の仕事だろ」

「七海くん……!」

「またなんか分かったら連絡する。そっちも見つけたら連絡頼む、じゃ──いや、一つだけ」


 俺はすぐさま立ち止まり、二人に向き直った。


「ごめん。俺の勝手なワガママで二人にも迷惑を──」

「許さん」

「あれぇ!?」

「今のままじゃアタシは許さない。アタシの失恋更生をおめぇは放ったらかしにしやがったからな」

「そう、だよな……」

「だからよ。責任者連れてきてもらわないと困るんだよな」


 火炎寺はそっぽを向いた。

 すると初月は微笑んで話し始めた。


「あゆみちゃんも二人のこと心配してたんですよ。どうしたらいいか考えてみよって」

「お、おいユウキ! アタシそんな風に言ってねーよ!? と、とりあえずお前はムカつく! だから早く委員長に謝ってこい、以上!!」

「あぁ、分かった……ありがとう!」


 仲間に蹴飛ばされるように背中を押され、再び俺は走り出した。

 彼女がいる元へ。

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