Case.60 誤魔化す場合
「お、お母さんこそ、どうしてここに!?」
「迷子になったからよ。さぁ、周一くん、事の顛末を聞かせなさい」
早すぎるレスポンス。俺でなきゃ見逃しちゃうね。嘘です。誰であっても沙希母は見逃してくれなさそうです。
完全に俺の命に狙い定めてるじゃん。腹に穴空きそう……。
「えぇーっと、これにはかくかくしかじかぁ」
「わかった。正直に言う」
俺が言い淀んでいると、氷水が割って入る。
ま、待て……! 言葉よっては俺の生死がかかってんだぞ!?
けれどこいつに合わせるしか……!
「ずっと隠してたんだけど……実は七海と付き合ってるの!!」
「そうなんですよ〜──えっっ!?」
「周りには隠しているから、ここでしか会えなくて……!」
「まぁ、そうなのねぇ……」
あの変態的行動を突き止められぬよう隠せるなら、俺と付き合ってるという嘘で突き通すつもりなのか!?
終わった……どうやら俺の命はここまでみたいだ……。
「へぇ……いつから二人は付き合い出したの?」
「家で告白された時あったでしょ、お母さんもいた。あのあとよ。思い直して、私からやっぱり付き合おうって告白しなおしたの」
「沙希ちゃんから?」
「そ、そう……!」
遺言はどうしようか。今から入れる保険ってありますか。保険内容は俺の黒歴史を丸々闇に葬ることと検索履歴を消してもらうことですけど。
そもそもそんな契約させてくる猶予はあるのか、と考えていたら俺の肩にソッと沙希母の手が置かれ、ゾッとした。
「ひぇぇ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!!」
「……沙希ちゃんをよろしくね」
「……はい……?」
いつもの優しい笑顔に戻った沙希母。
いや、ギリ開眼はしてる。
「沙希ちゃんが選んだ人ですもの。二人のこと、ちゃんと応援するわ。もし、周一くんがしつこくて無理やり付き合ったのであれば、どうしようかと思っていたけども」
どうしようかって何!?
「沙希ちゃんから告白したのなら話は別。沙希ちゃん。周一くんのこと好きなのよね?」
「も、もちろん! もう好き好き大好き! 愛してるって言わなきゃ殺すー♪」
「あ、愛してるぞ〜俺も〜!」
声裏返ってるし、俺の腕を掴む力に憎しみ感じてるけど!?
そんなに嫌か!? お前が始めた物語だろ!
「そう。沙希ちゃんのこと、よろしく頼むわね」
「は、はい! 死んでもお守りします!!」
「ええ、そのつもりで」
こ、怖ぇぇぇ!!
ちびるかと思ったぁぁ……!
「では、私はお暇します。二人の邪魔をするわけにはいきませんもの。ハメを外しすぎない程度に楽しんでね」
沙希母はやたらと送り仮名を強調して去っていった。殺害予告されたわけじゃないよな。
「ふぅ……よし」
「ふぅ……よし、じゃねぇよ! 俺ら付き合ってることになったぞ!?」
「七海が余計なこと言って、私の政宗たちが没収されるよりかはマシよ。これが最善だわ」
自己中め……もうあの母親なら、娘がオタクなのはとっくにバレてんだろ。
「それよりも他の誰かに知られたらどうすんだ」
「大丈夫よ。屋上なんて人来ないし」
「沙希母来てるんだけど!?」
「と・り・あ・え・ず! お母さんの前だけ付き合っている振りしてくれたらいいから」
「ならいいけどさ……」
「なに? 私と付き合ってて何かマズイことでもあるの?」
「べ、別にねぇよ」
「そう。まぁ、これで遠慮なく七海の録音が家でも聞けるようになったのは結果オーライね」
「おい、それが狙いか」
「結果論よ。じゃあ私は戻るから。席外しすぎてさすがにヤバいし」
こうして最悪な事態を何とか免れた俺たち。
いや免れてねぇや、正面衝突してるわ。
「にしても、お母さんどうやってここまで迷い込んだんだろ。階段に立入禁止看板あるし、別に方向音痴でもなかったはずだけどな」
氷水は去り際、そんなことを呟いていたが、それって沙希母が娘の居場所を何かしらで把握してたから真っ直ぐ来れたのでは? とはさすがに言えなかった。
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