Case.58 そばにいてあげる場合


「……あゆみちゃん?」


 有志ライブは全て終わった。

 次の演目は吹奏楽部の演奏会のため、現在その準備や最終リハーサルが忙しなく行われていた。

 文化祭の花形演目でもあるため、本番前だというのにお客さんが続々と体育館に入ってきて、我先にと席を前から埋めていく。

 その群衆に紛れてやって来た初月が、座っている火炎寺に背後から声をかけた。


「フラれた」

「……ぅん」

「ちゃんとフラれちゃったよ。まぁ傷付いたし心も痛いけどさ。なんでだろ、なんか嬉しい気持ちもあったんだよなー。だって全く見向きもされなかったのに、面と向かってフラれたんだぜ。それに一緒にいて楽しかったって言ってたし! なんか勢いでしちゃったけど、告白して正解だったかも。アタシはスッキリしたし」


 火炎寺は振り向かず、明るい調子のまま話す。


「──けど、アタシ諦めてないよ。つーか、ここで終わるわけないだろ。告白成功するまでがアタシの失恋更生だから。今、決めた。もうアタシも失恋更生委員会の一員だからな。アタシの失恋はアタシが励まさないとさ。友達に頼ってばかりはいられねーよ」


 初月は何も言わずに横に座ると、何かを差し出した。


「これ、ぉ店のクッキーです。市販のクッキーですけど。ぉ持ち帰りできるんですよ。一緒に食べませんか?」


 五枚入りの個包装されたクッキーを透明の袋でラッピングした100円分の金券で買える商品。


「ちょうど良かった。お腹空いたとこなんだよ。金券たくさんあったけど、雪浦にあげちゃってさ。ほら、弟妹が来るから。あいつかなり渋ってたけど、強引にあげたらうっかり全部渡しちまってさー」


 火炎寺は一番オーソドックスなプレーンのクッキーを手に取り、個包装を開けた。


「……ん、まぁまぁ。そっか、これが普通のクッキーだよな。みんな食べるありふれたやつ。へー普通って、結構、しょっぱいんだな……」


 震える手に手を重ね、初月は火炎寺の肩にもたれかかった。


 幕が上がる。

 吹奏楽部の素晴らしい演奏に観客は釘付けとなり、後ろで涙を流していることに気付く人は誰もいなかった。



   ◇ ◇ ◇



 今日は快晴。

 さすがに昨日みたいにもう雨は降りそうにないな。

 絶好の文化祭日和だ。

 二日目は生徒の招待客だけでなく、地域住民も訪れるので、この天気も相まって絶えず入場客は増え続けた。


 午前9時に開催されてから一時間は校門での受付担当だった。果てのない客足に、作り笑顔に声を振り絞り、一所懸命に対応し続けていた。

 10時になると、俺は実行委員でも模擬店のシフトもなくフリーになった。

 どこかに遊びに行くならば今だ。

 だが、誰かと一緒に文化祭を回る約束を俺は結局していない。


 そして、いつも邪魔してくるあいつもいない。


 自クラスのお化け屋敷にも行ってみたが、人気アトラクションのせいでみんなと談話する余裕はなかった。かといって、手伝いするにも人手は十分に足りている。


 だから何となく誰もいないはずの南校舎四階、通常時は一年生のフロアに来てみた。

 別に誰にも会いたくなかったわけじゃない。気まぐれに徘徊してるだけだ。



「──なぁなぁ! 一番最初はどこに行く!? なぁ!」

「別にどこでもいいが、まずは金券に交換したい」

「アタシの友達がやってるカフェに行くぞ!」

「話聞いてたか?」


 その際、廊下の端向かいに、男と一緒に火炎寺が階段を降りて行くところを見た。

 多分、あいつが雪浦一真だな。


 ……なんだ、どうやら恋愛は上手く行ってるようじゃないか。


 その後、適当な教室の適当な席に一人座ったタイミングで、着信音が鳴った。

 相手は氷水だ。


「もしもし、どうした」

『なな、み……屋上に、はやく、きて……』

「おう……え、何?」

『……たす、けて』

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