Case.57 文化祭デート練習をする場合


『い、いらっしゃいませ……にゃん。あ、アニマルメイドカフェでぇす……にゃん。うぅ、来てください……あ、にゃん』

「ゆ、ユウキ……!? そ、その格好……最高か」

『ひゃっ!? あゆみちゃん……い、いらっしゃいませ〜何名様です……って、あれ?』

「あ、うん。二人。二人だ、アタシたち」


 火炎寺たちが訪れたのは、初月が所属する二年六組の模擬店『アニマルメイドカフェ』だ。

 多種多様なコスプレ衣装に動物の耳を付けた男女が店内を動き回り、廊下で客寄せをしている。一部衣装は初月が日向から譲り受けたものとなっている。

 二人がどういう過程でこうなったかは初月には分からないが、とにかくニヤケを我慢している火炎寺を見て、こっちまで嬉しくなった。


『ど、どうぞ! 三番テーブルに……! にゃん!』


 案内された席で対面に座る二人。

 授業机二つ隔てた目の前にいる雪浦に今さら恥ずかしくなって直視できない。


「──嬉しそうだな」

「へっ!?」

「こういうのが好きなのか」

「あー、そ、そう。猫が好きで、猫っぽいものなら何でも見境なく好き、かな。あ、雪浦は何か好きなものって」

「……ない」

「そ、そうか……」

「正確には何が好きなのか、自分でも分かっていない」

「……家族は、違うのか?」

「え、あぁ。今の家族は、そうか。大切だから好きってことになるのか」

「全国一位でも知らないことがあるんだな」


 メニューは二人とも紙コップに注いだだけのお茶と紙皿に置いただけの個包装されたお菓子。一番、安い商品がこれ。

 基本、手料理に関しては加熱したもの以外出してはいけない決まりになっているため、高校生といえど、ままごとレベルの給仕しかできない。

 だからこそ、アニマルメイドという別の要因で人を呼び寄せようということだろう。メイドらしく『萌え萌えキューン』で、付加価値を与えるのだ。

 火炎寺たちのテーブルには初月が志願して行った。


『お、おいしくなぁれ……! 萌え萌えキューン! にゃん』


 宣伝用にも使っていた拡声器で、照れながらも全力で行う。


「ユウキ、一番可愛すぎる……!!」

『あ、ありがとうございます……うぅ、知らない人より友達に見られる方が恥ずかしいですね……』


 二人が会話しているのをよそに、雪浦はお菓子を弟妹にでも渡すのか、持ち帰ろうとカッターシャツの胸ポケットに入れたのちに、英単語帳を読んでいた。


「ぁの、あゆみちゃん」


 初月はこっそりと火炎寺に近付き、「そ、その……頑張ってくださぃ……!」と耳元で囁いた。

 もちろん聞きたいことは山ほどあるが、今は邪魔しちゃいけないと判断した。


「うん。ありがと。またお昼にな」

「ぃぃんですか?」

「最初からそれまでの約束だから」


 初月は最後に微笑んで、また給仕に戻った。変わらず恥ずかしそうににゃんにゃん言いながら仕事をする。


 長居するような場所でないため、食べ終えた二人は様々な模擬店を回った。

 食べ物ばかりだとお腹いっぱいになって家族と食事できないだろうと、火炎寺はアミューズメント系を中心に選ぶ。

 昨日も入ったお化け屋敷では、ネタは全て分かっているはずなのに火炎寺は再び震え上がり叫んだ。

 その拍子に雪浦に抱きつくも、彼はお化けにもそれに対してもノーリアクションで歩き続けた。


 ストラックアウトでは火炎寺が見事な投球を見せて、全弾命中のパーフェクトを見せた。


「どうだ! 雪浦!」


 火炎寺が誇るように隣で投げていた雪浦を見ると、彼の投げたボールは明後日の方向に飛んでいった。球速は速いが、大暴投だ。


「昔から球技が苦手なんだ」

「ぷっ、なんだアタシに負けたから言い訳か?」

「そうじゃない。苦手だからわざわざ練習しなかっただけだ」

「言い訳がましくなってんぞ」



 体育館では、有志によるバンド演奏が披露されていた。

 出演者の身内と行き場のないオッサンのみがいるガラガラのステージで、火炎寺と雪浦は後ろの方に並んで座って見ていた。


「アタシの方がまだマシな演奏ができるな」


 アピールが小学生男子並みの火炎寺。雪浦にはそんなのが響くことはなく、いつの間にか約束の時間が来てしまった。

 楽しい時間はあっという間だ。


「そろそろ妹たちが来る」

「あ、うん」

「ありがとう」


 幸せな時間はここまでかな……と思っていると、雪浦に突然感謝の意を述べられた。


「えぇ!? い、いきなりなんだよ……」

「俺のことが好きだということだ」


 火炎寺は照れで誤魔化そうとしたが、すぐに告白の返事だと分かり、静かに話を聞く。


「俺は、さっきの定義に当てはめるなら、家族以外で誰かを好きになったことがない。恋人だけでなく友達もいたことがない。それで全然よかった。これからも誰かを好きになることはないだろう」

「うん」

「──けれど、誰かが自分のことを好きでいてくれるのは少なからず嬉しいと思った。誰かと一緒に何かをするのは楽しいと思った。家族以外でこんな気持ちになったのは初めてだ」


 二人の目線はずっと前を向いたまま、自己満足なライブを見続けていた。


「だから、せめて。答えだけは明確に出すべきだと考えた」

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